院長ブログ

トルコ旅行記

4年ぶりの海外に出発

な・な・な・何と「オスマン帝国」、トルコです

2年間、オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~を見続けた最終章は、やはり現地へ足を運ばないと。

飛んでイスタンブール~

トプカプ宮殿では、あのハーレム(日本での大奥みたいなところ)に足を踏み入れ、感激一入

イスタンブール観光後は、トロイ遺跡、エフェソス遺跡など紀元前からローマ時代にかけて古代を巡りましたが、灼熱地獄と紫外線との闘いが続きます。40℃くらいのカンカン照りの中、必死で皮膚を守りました。

トルコは広い!バス移動時間が長く、ボーっと遠くを見つめながら、物思いにふける時間も乙なものです。車窓から眺める広大なシルクロードは想像よりはるかにスケールが大きく、こんな景色は日本では見られまい、絶景かな絶景かな。

 

極めつけはカッパドキアです。

カッパドキアと言えば、気球ツアーが一番人気。

昨年体験したパラグライダーでは、不覚にも空中酔いに見舞われて悪心続くこと3時間

気球は無理だろう・・・と諦めていたのですが、娘が積極的に参加すると言うので、私も清水ジャンプの勢いで参加を決意。

朝4時半集合でハッスル

しぼんだ気球に機械で空気を入れます。

ある程度膨らんだら、気球の中にボーーーーーっと火を吹き込むと、横たわっていた気球がふわっと立ち上がるのです。

1つの気球に20人強乗れます。

熟練のパイロットさんは、火加減を上手に調節しながら、気球を上げたり下げたり、回転させたり、自由自在。

地上1000メートルくらいのところまで登っていたようですが、眼前に広がるカッパドキアの奇岩が、絶景かな絶景かな。

もっと上空に行きますと、こんな感じです

1時間近いフライト時間でしたが、気球酔いはありませんでした

 

トルコは広い!世界は広い!

ギリシャ人、ローマ人、アラブ人、色んな人種が交差し、戦い続けました。

今でも戦争は絶えません。おそらくこれからも。

古代ローマの時代に、キリスト教迫害がら逃れた人々が、この石灰岩の地下に穴を掘って、地下都市を作りました。地下8階です!アラブ人からの攻撃に備えて作ったそうです。その地下都市の中で何千人もの人が暮らしており、ワインまで作っていたというのだから、人間のたくましさには驚かされます。

 

現代のトルコ共和国は、宗教と政治を分離させているので、イスラム教信仰も比較的緩やかで自由な国というのが人々に受け入れられ、アラブやロシアからたくさんの人が移住していると聞きました。同時に多くの難民も流入しているようで、スリに気を付けて下さいと繰り返し注意されました。

道は凸凹、トイレは汚い、洞窟ホテルのカーテンがはずれ外が丸見え、シャワーヘッドが外れて水が噴き出す、レストランでのホールサービスは超雑、ハエがブンブン、お釣りは誤魔化す(間違える?)、野良犬があちこちに横たわる、これだけ列挙すると最低な国と思われますが、郷に入っては郷に従えと言ったもので、これらも些末なこととさえ感じてしまうのも事実です。逆に、日本が潔癖で神経質過ぎなのかしら?とも考えられます。

トルコ人は笑顔で人懐っこくて、素朴で、飾らない美しさを持ち合わせた人たちでした。

女性はスカーフを巻いて肌を露出しないようにする姿が心地よく、恥じらいと品のある振る舞いが好印象でした。

最近は裸みたいなラフな服装の人が増えていますから、アラブスタイルは上品ですね。

男性はとにかく笑顔!感じがいい!商魂たくましい!筋肉厚い!髭が濃い!

※所詮、旅行で感じたことですから、トルコという国の上澄みの一部しか見ていない上での感想であることをお許しくださいませ。

 

夕暮れの夜空に響き渡るコーランの音色が心地よく、視野がぐっとストレッチされた旅となりました。


エントロピーの法則

だいぶ前のことですが、先輩医師からの年賀状に、「世の中はエントロピー増大の法則により・・・」というコメントがありました。それ以来、「エントロピー増大」をずっと意識していたところ、興味深い本のタイトルが私の眼に飛び込みました。

 

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書籍の前半は、はるか昔に学んだ指数関数や運動エネルギーなどを、日常的に意識することのない出来事を論理的に説明しています。

そして熱力学第2法則、「世の中は常にエントロピーが増大する方向に進む」ということがメインテーマ。

おお、これぞ自然科学の真骨頂!

簡単に説明しますと、温かいコーヒーを室温に置いておくと必ず冷めるとか、部屋はどんどん散らかっていくとか、ゴミは増える一方とか、喫緊課題である地球温暖化とか。

エントロピー増大の法則は、原子や分子の世界から宇宙に至るまで、神羅万象の中で成立する法則だそうです。

インターネットの普及により、我々は情報の津波に飲み込まれていくのも、自然の摂理だということです。

私のクリニック経営で考えてみますと、スタッフの意識(価値観)がバラバラだとエントロピーは増大してしまい破滅の方向に向かってしまうということになります。これは、組織の問題ですね。意識を同じ方向に統一することで、物事はスムーズに運ぶだろうと考えられます。

即ち、エントロピーを低下させるということです。

しかし、低下させるためにはエネルギーが必要です。

放っておけばエントロピーは増大するのですから、皆好き勝手なことをして、統制が取れなくなることは明らかです。

エントロピーを低下させるには、我々の良識やルールは必須。

太古の昔から、我々の祖先も社会や暮らしを守るために、宗教や哲学というものを生み出してエントロピーを低下させていたのですね。旧約聖書の「ノアの方舟」や、お釈迦様の悟りなどがまさにエントロピーを低下させることの良い例でしょう。

自然科学と精神哲学を融合させた、素晴らしい本でした。何度も何度も読み返しています。

 

美容医療もエントロピー増大中

大切なお顔や身体が破滅に向かわないよう、エントロピー低下を意識した健全な美容医療の普及に努めたいと思います。

 

 


祇園祭

夫の両親と姉と共に、京都に出かけました。

義父母は80歳を超える年齢とは思えないほど元気です。

何もこの暑い夏の京都に、しかも祇園祭の連休に行かなくても・・・と思ったのですが、「また今度」はないと思え!という心の声に従い、いざ出発

ところが、心配に及ばず。

彼らは朝4時起きで犬の散歩を済ませ、車で東京駅まで運転。←これは危ない

新幹線に乗り京都へ。

食欲モリモリ、私より食べます。

夕飯後、疲れてホテルに戻るかと思いきや、夜の祇園祭へ出かけることに

山口家、超ハイパー人材

歩行者天国になっている大通りに繰り出し、大勢の若者らに交じりながら山鉾見物。

見渡す限り、ほとんどが日本の若者のようでした。

屋台のコンロと若者の熱気に包まれながら、夏の夜祭りを楽しむ彼らがとても微笑ましく、どんどん外に出て、たくさんの経験を積み重ね、我らが日本国を頼みますよという気持ちになりました。

夜10時頃だったせいか、私のような中高年世代はほとんどおらず、ましてや80歳越えの高齢者など皆無。

義父母の元気さには“あっぱれ”です。

こちらは、洛北の山の方にある、「正伝寺」という禅寺です。

比叡山が借景の庭園と広い青空のコントラストは息を吞む美しさでした。

熱中症対策で水ばかり飲んでいましたが(笑)


お礼を伝えるということ

今年も無事誕生日を迎えました。

中高年になると、「また歳を取っちゃったわ。誕生日なんて嬉しくないわよ~」という言葉が急増するようになり、形骸化した「お誕生日おめでとうございます」というフレーズにずっと違和感を感じていました。

何というお祝いの言葉を伝えればいいのだろうか、と代替案を考え続けていました。

そういう私も50歳を過ぎ、ここ数年、「誕生日なんて嬉しくないわよ~」とささくれ立つ気持ちがあり、お祝いされても気恥ずかしさが先だってしまうくらいでした。

しかし、今年は心の棘が抜け、まろやかさを感じています。

今までご縁のあった方々のお陰で、今の私が在ると思えます。

いい人ばかりでなく、時には衝突したり、ご縁がなくなってしまう方々も含め、彼らとの経験全てが今の私を形成しているのだということを思えば、通り過ぎた人たち全員が私の恩師でもあるのだと、しみじみ思えるようになりました。

感謝です。

 

誕生日やクリニックの周年、そして年末年始は人生の節目。

物事を振り返り、これからの人生や暮らし、仕事、社会について深く考えています。

今年の誕生日に考えたことは、「お礼」について。

私はお礼の表現が上手ではありません。

苦手ではないのですが、自分の理想形から“far behind”です。

お世話になった人に、もっともっと感謝と愛を表現をしたい気持ちは溢れ出てくるのに、それが上手に表現できません イメージとしてはまさに氷山の一角程度の表現です。

照れくさいのもありますが、余計なことかな?と思われるのではないかと考え過ぎてしまう傾向があります。

何か贈り物をしたいと思い、夜な夜なネットで「あーでもない、こーでもない」と探しながら、疲れるパターン。

「ま、いいか。明日やろう」と先延ばしにして、タイミングを逸するという悪循環。

どんどん行動に移さないと後悔ばかりが溜まってしまいます。

まさに“お礼負債”

愛情循環不全。

私自身がモノに対する執着がないので、どうしても“モノ”を贈るのが苦手です。

苦痛過ぎて、「旅行の定番お土産は買いませんからね」とスタッフに伝えているくらいです。

まずは、お礼の気持ちを言葉で表現したり、メッセージカードなど利用して、とにかくアウトプットする!

自分の寿命を10年と設定して、今やらなければ次はない!という覚悟で取り組みます。

それがスマートにできる人になりたいと思い、誕生祝いをしてくれたスタッフに宣言しました。

 

誕生日には、毎年スタッフや家族、友人らが集まってくれます。

共に時間を過ごしてくれるだけでも、本当に有難いことです。

人はひとりでは生きられません。

皆との関係の中で生かされていると思うと、今までに関わった人たち全て に感謝したいと思えるようになりました。

 

誕生日にお祝いしてもらうのは子供の習慣。

大人になったら、誕生日はお祝いされる日ではなく、自分から周りの人にお礼を伝える日だと思えたことが最大の収穫でした。

 

 

 


ボトックス in 済州島

学生時代から美容外科医を目指していた私は、2000年、ようやくスタートラインに立つことが許されました。

北里研究所病院 美容医学センターで美容外科研修の始まり始まり

医学部6年、研修医3年の9年越しで、美容医療に携わることができました

採用が決まった時の喜びと言ったら、今までの人生を振り返っても1~2位を争う感動です

ああ、これで念願の美容外科を学ぶことができる

 

ところが!

人生、そう上手くいかないものです。

研修1年目にして、まさかの妊娠

しかし、第一子の妊娠も1~2位を争う感動事でした。

嬉しさ100倍なのですが、カラダが言うことをききません。

美容の手術をどんどん経験して、一流の外科医になりたい気持ちと、産まれた赤ん坊を育てる責任感の両天秤でした。

妊娠する前は夢ばかりで、人生不可能なことなど無いと、本気で友人と語らったものです。

ところがもう一つの命を宿ったことにより、「人生有限」を意識せざるを得ない状況に追い込まれます。

 

美容外科は私の人生でしたから、そう簡単に諦めるわけにはいきません。

何としてでも続けたい、必死でした。

お腹が膨らんでも、ギリギリまで働きました。

今考えれば、手術室に妊婦がウロウロしていたら、周囲も気になったでしょうねスミマセン。

ちょうどその頃、韓国の女医さんが、美容医療を見学するために北里研究所病院を訪れていました。

※当時はまだ『韓国ドクター』が日本で学んでいたのです!!「冬のソナタ」が流行る前のことでした。

彼女も妊婦で予定日も同じころでしたので、親近感がわき、仲良くさせていただきました。

「韓国ではボトックス治療の研究が熱心で、脚を細くしたり、顔全体に打って肌をキレイにするマイクロボトックスという技術もあるの。日本のドクターも一緒に勉強会があるの。済州島でやるから来ない?」と誘われ、喉から手が出るほど参加したかった!今でも忘れません。

しかし、1月に出産して、産後8週の3月には職場復帰。済州島での勉強会は3月に行われる予定でしたが、さすがにハードスケジュール過ぎて、泣く泣く参加を諦めました。まさに人生有限。

それ以来、ボトックスって、いろいろな可能性を秘めた治療なのだと意識するようになりました。

上手に使いこなせるようになりたいなぁ。

当時は医師個人個人が勉強する機会を探し、技術を習得し、ボトックスを個人輸入して治療を行うような時代でした。

日本語でボトックスを学べる教科書などなく、上司の宇津木先生が、海外出張した際、英語の書籍を買ってきて下さり、それを熱心に読んだものです。

ほんの20数年前のことなのに、このように回顧してみると、信じられないくらい過去のような話ですね。

日々の診療で、ボトックスが大躍進するまでにはしばらく時間がかかりました。

つづく