院長ブログ


自由とは

10月28日(日)、長野市のクリニックへボトックス注入のセミナー講師として出張して参りました。

今年は、大阪・福岡・那覇・長野 4都市巡りでした。

長野は広々して、空気が澄んでいて、周りは山に囲まれていて、とても気の良いところです。

参加していただいた先生方は、長野市だけではなく、松本や佐久からもお集まり下さって嬉しい限りです。

熱心な先生方ばかりで、私もお話しやすく、たくさん質問して下さいました。

 

講演する機会があると、私は必ず当院のコンセプトである『素肌ルネサンス』についてお話します。

素肌ルネサンスとは、化粧品やシャンプーを使わない、真の健康を目指したスキンケアです。

素肌を隠すファンデーションを止めることで得られる幸せをより拡大していきます。

私自身、もう長いこと化粧品もシャンプーも使わず、快適に暮らしています。

お化粧しなくてはみっともない、と思い込んでいる窮屈な女性たちを解放したいのです。

このスキンケアについてお話をすると、必ずあとから質問を受けます。

「先生は基礎化粧品も使っていないのですか?」

「お湯だけで髪を洗い流すのですが?」などなど。

これで結構会話が弾み、意外と全国に『素肌ルネサンス』に共感して下さるドクターがいることに気が付きました。

 

自分が良いと感じることを実践すれば良いのです。

誰かが決めた価値基準で判断するから迷いが生じる。自信がなくなる。人のせいにする。

 

先日新聞のコラムで、「就職活動をする学生たちの画一的な黒のスーツなど止めてしまえば良い。」というような内容がありました。

私は医師なのでそのような経験がありませんが、あのように同じ格好をしなければ合格しないのでしょうか?

港区では小学校受験のシーズンで、このお受験というのもみんな同じ格好をしていますが、これも違う格好ではダメなのでしょうか。

学校から指定されているのでしょうか。

皆と同じことをしていたら安心なのでしょうか???

採用する側としては、大人しく言うことに従ってくれる人材のほうがコントロールしやすいからでしょうか。

私は自分のやりたいことが、大きな組織に所属してると自由が効かなくて出来ないので、独立の道を選びました。

しかし、世の中には他人が決めてくれた道を歩む方が楽だ、という考えがあることも知っています。

その方が幸せだったらそれでいい。

大切なことは自分の心の声に従うこと!

納得してその道を選べば良いと思います。

 

お化粧をやめて素肌で過ごしたいと願う女性たちに、スキンケアとメンタル面を含めてサポートすること。

そして素肌をきれいに整える治療をすること。

これが私のライフワークです。

 

※私は私立医大に絞って受験しましたが、髪の一部を金髪に染めて、おそらくピアスもしていたにも関わらず現役合格できました。合格させて下さったいくつかの大学は偏見がなく素晴らしいと思います(見た目で選んでいない!)。最近私大医学部の不正入試がさかんに取り上げられていますが、医師という職業は比較的男女差別なく活躍できる素晴らしい仕事だと思っています。

 

 

 



お酒を控えて感じたこと

最近、お酒を控えるようにしています。

理由は、お酒を飲んでいた時、経験したことのない目まいに襲われたからです。

ヒトは体調に異変を感じて、初めて健康に気遣うものだとつくづく感じました。

 

私の先祖は酒蔵をやっていただけに、家系的にお酒が好きで飲めてしまいます。

成人してからは、よほどのことがない限り毎日の晩酌は当たり前。

夕食にお酒が無いなど考えられない環境。

そういえば、妊娠中は飲まなかったな・・・程度。

授乳中でも、子どもに「ごめんね~」と言いながらワインを飲んでいたほどです。

 

そんなお酒大好きな私が、止めてみて感じたこと。

それはずばり、「体調が良い」

そして、「元気なので夜眠くならない」

お酒に相当エネルギーを奪われていたことに気が付きました。

 

酒好きと言っても、毎日の晩酌の量はそれほど多くなく、ビール350ccまたは日本酒1合くらいで、悪酔いしたり気持ち悪くなるほど飲んだりしません。

それでもお酒を飲めば眠たくなるし、食後に大したことが出来なくなっていたのです。

飲まなければ読書もできるし、犬の散歩もできるし、部屋の片づけもできるし、子供たちとの団欒も弾みます。

嗚呼、何という膨大な時間をお酒に費やしてしまったのでしょうか!

 

しかし、後悔はありません。

今までお酒と共に過ごした大切な時間は、たくさんの想い出を残してくれました。

お酒が飲める体質で良かったと思うことは何度もありました。

 

私の周りにも、ある程度の年齢になってお酒を止めた人は何人かいます。

その人たちに共通することは、以下の通りです。

①完全なる禁酒ではないということ。

②止めてみると「飲みたいと」思わなくなる。

③体調や肌の調子が良くなった。

私も全く同じ感想です。完全禁酒するわけではなく、飲む機会があれば飲みます。

 

人生、何が起こるか分かりませんね。

ライフステージが変われば、生活習慣も変わります。

その時その時に合ったことをすれば良いのだと思います。



クリニック外のお仕事

久し振りの更新です。

最近、クリニック以外での仕事が続き、またボチボチ社交活動にも参加していました。

クリニックでの診療が大好きなのですが、たまには外部の刺激を受けないと人間としての進歩を感じることができません。

 

10月3連休最終日、ボトックス注射についての講演とライブインジェクションを行うため、沖縄の当山形成外科を訪れました。

お天気に恵まれ、夏のような陽気でした。

沖縄県の先生方が10名ほど集まり、当院での治療の取り組みをお話しました。

そして、実際の注入治療を実演して参りました。

時々このようなお仕事をお引き受けしますが、東京以外の都市に出張するので結構楽しいのです♪

 

夏休みに宮古島を訪れ、私の中で沖縄熱が高まっていたところでしたので、沖縄の先生方といろいろお話してみたい!という気持ちが強く、とても良いタイミングでした。

男性の大ベテランの先生方ばかりでしたが、講演会後の慰労会では美容外科の歴史や沖縄の興味深いお話をたくさんお聞かせくださいました。

当山形成外科の院長當山拓哉先生は3代目。最近世代交代したそうですが、経営センスのある若先生です。

お父様の2代目、當山護先生は、優しくて人懐っこいお人柄。

65年続く老舗美容外科は、年代が醸し出す魅力がありました。

日本は世界的にも企業寿命が長い国です。

200年以上の老舗は世界41か国で5,586社ある中、日本がダントツ1位で3,146社です。

1,000年企業は7社あり、トップは大阪の金剛組、創業578年です! 宮大工の会社です。

それらに比べれば美容外科の世界はまだまだ赤ちゃんのような歴史ですが、それでも続けることの意味を感じさせられた沖縄出張でした。

 

1泊して、翌日は首里城~斎場御嶽~平和記念公園~ひめゆりの塔 ひと通り見学。

戦争の悲惨さには心を痛めましたが、日本人として知っておかなければならないことだと思います。

そして、この平和な日本に今生きていることの意味を考えずにはいられませんでした。

日本人として恥ずかしいことのないよう、背筋を伸ばして生きていこうと改めて思いました。

 



12周年

当院12周年を迎えました。

最初の10年間は1年1年を噛みしめ、周年を意識して仕事をしていましたが、12周年はあっけないもので、日常となんら変わらぬ1日でした。

私としては、クリニックは3番目の子供だと思っているので、やはり9月4日は特別な日であり続けます。自分の誕生日以上に・・・

 

毎年変わらず続けていることは、周年の挨拶文を書いたダイレクトメールを患者様に送っていることです。今年は環境汚染について考えました。もうお手元に届きましたでしょうか。当院の目指している、化粧品を使わないスキンケア=素肌ルネサンスは、化粧品やシャンプーなど化学物質の乱用を控えることで、私たちの暮らす地球を大切にしたい!というメッセージを込めています。

 

そして、内装チェンジも無事終えました。いつも通り、お二人のアーティストが、夜を徹して愛溢れる作品に仕上がっています。秋色です~。

 

また、施術部屋を一つ増やしましたので、照明と内装工事も行いました。少し家具を増やしています。

 

何といっても目玉は、レーザーピーリング(Q-YAG レーザー)を新しい器械にしたことです! 私がこの美容医療業界に入った2000年からずっとずっと使い続けていたレーザーが、だいぶお年を召されました。レーザーも寿命があります。同じレーザーがもう販売されていないので、極めて類似した同じQ-YAG レーザーを探しました。レーザーピーリングは根強い人気があり、ずっとずっと、18年間受け続けている患者様がいらっしゃいます。彼女たちを裏切るわけにはいきません。これからも安心してレーザーピーリングを受けて頂けるよう、また、新しい患者様にもレーザーの効果を感じて頂けるよう13年目も真面目に美容医療を続けていこうと思います。



宮古島へ行きました!

噂通り、透明な水色の美しい海でした!

お天気に恵まれ、家族で幸せなひと時を過ごすことができました。

青い空と海、水面に反射する夕日の輝き、満点の星空、自然すべての景色に神の存在を感じます。

生きる喜びと感謝を感じずにはいられない旅となりました。

 

美しい自然の裏には、沖縄の島々の苛酷な歴史があることをご存知ですか?

最近縄文にハマっていた私は、岡本太郎の「沖縄文化論」を読んでから宮古島に行きました。

江戸時代に入り間もない頃、琉球は薩摩の島津家に制服されます。

そして、苛酷極まる搾取に合うのです。(このあたりは大河ドラマの西郷どんにも描かれていますね)

宮古島などはもともと珊瑚でできた島なので、作物が育たず、本当に貧しいところだったと想像できます。

今日でも見渡す限りサトウキビ畑ですから。

そんな場所ですから、すべてのことは神様が決める、という心理状態になるのでしょうか。

原始的な神道のような信仰がありました。

神が降臨する場所を『御嶽(うたき)』というのですが、ここで祭りや祈りが行われていた(いる)そうです。

私たちは鳥居や御社のある神社をイメージしますが、そんな形はありません。

あったとしても石や木です。

本当に何もない極限までそぎ落としたとでも言いましょうか。

そこが信仰の場所なのに、後からやってきた薩摩の役人たちが、やれ神社だの寺だの造ったようです。

我々日本人がイメージする神道と違いますね!

土着の沖縄民俗があったのです。

 

旅好きな私は、その土地の歴史というものを知りたくなります。

宮古島へ行って、沖縄に大変興味を持ちました。

そもそも、ホモサピエンスは、台湾から石垣島を渡り、沖縄本土を通って、九州・本州に渡ってきた説があります。

1万年以上前には宮古島にも住みついていたのだろうと推測できます。

厳しい環境の中で、大陸の影響を受けながら育んできた島独自の言語や習慣。

 

今回の旅の前に、私に本とDVD(スケッチ・オブ・ミャーク)を貸してくれたスタッフの西田。

物知りな彼女に感心してしまいました。