医療法人社団晴栄会
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世界人

中学高校時代の友人Hちゃんと再会しました。

卒業以来だったかと。

海外で暮らしているので、帰国のタイミングで会うことになりました。

中学時代、テニス部で知り合い、一緒によく遊びました。

Hちゃんと私は小学生の時からテニスをやっていたので、当時はまだ珍しかった金属製の大きいラケットを使ってたところ、先輩から呼び出されて「1年生はウッドラケットを使うように。」と注意されててびっくり

そこで大人しく引っ込む私たちではありません

「なぜ?今まで使っていたモノなのに。わざわざ買い直すなんておかしいでしょ」

と、毅然とした態度で向き合ったところ、よく覚えていないのですが、そのまま金属ラケットを使い続けることができました。

そういう意見を言い合えるところが、気が合ったのかもしれません。

彼女は帰国子女だったので、日本語より英語が流暢でしたし、振り返ればマインドも考え方もアメリカ人でした。

すぐに英語でベラベラ話し始めるから、何を話しているのか理解できるようになりたい!と英語の勉強に励んだのも、彼女の影響が大きかったと思います。

久しぶりに会ったら、グローバル感覚に磨きがかかり、日本人ではなく世界人になっていました

世界紛争の話とか、政治の話とか、自然災害の話とか、話題が盛りだくさん

外国での子育て話はスカッとするほど大胆です。

大学時代も1人でヨーロッパを旅したり、イギリスに留学していたようで、卒業後はほとんど外国で過ごしてキャリアアップしてきたようです。

詳しくは書けませんが、紛争地域や危ないところに行っていた超ワイルドレディーです。あっぱれ。

36年間の空白を埋めるのは容易ではありませんでしたが、彼女の規格外な生き方に触れ、「そうだそうだ、こんなんだった。中学生だった私は、Hちゃんから大いに影響を受けたに違いない。」と思い出しました。

Hちゃんと話していたら、自分があまりに小さな檻の中にいるような気がして、もっと枠からはみ出してもいいんじゃないのかな?という気持ちがムクムク湧きあがります。

思い返せば20年間、白金のクリニックという自分で作った箱の中で、ずっと同じ仕事を続けていたことに我ながら驚くばかりです。

学生時代は医者の世界がとても窮屈に感じ、医学部生活以外のところに目を向けようと、英語の勉強に励んだり、長期休暇の時は海外研修に参加したり、旅行したり、留学時代の友人と遊んだりと課外活動にエネルギーをぶつけていたのに、30代以降は超ドメスティック日本人医師として暮らしているではありませんか人間は変わるものです。

 

Hちゃんも含め友達4人と一緒に、将来の自分たちについて予測した手紙を入れたタイムカプセルを友人宅の庭に埋めたのですが、家の建て替えによって行方不明になってしまったことが残念で仕方ありません 10代の私達は何を予測していたのでしょうか

 

学生時代の友人に触れると、自分が何を大切にしていたか、どのように考えていたか等について浮き彫りになるので、色々な気付きがあって面白いです。

これからも懐かしい人たちに、積極的に会いに行きたいと思います!

 

 

 

 

 

ツァラトゥストラ

そろそろ8月も終わりです。

今年は例年と比べ、東京は凌ぎやすい暑さでしたね。

夜ン歩中は、セミの鳴き声から秋の虫に変わりつつあり、大都会でも季節の移ろいを感じる貴重な時間です。

YouTubeで「夕暮れの田舎の音」というサウンドを聴きながら執筆しておりますが、所詮タワマン環境ですので不自然さは否めません

 

9月、当院は20周年を迎えます

おギャーっと産まれた赤ん坊が成人式を迎えるまでの期間だと思うと、果たしてそんなにクリニックが成長したか?疑問ですが、美容医療を通してたくさんのことを学ばせていただいたことは間違いありません。

つい先日、患者様から「自動車のマツダは創業者が松田さんだけれど、スペルがMAZDAなのはアフラ・マズダーが由来なんですよ。」と聞かされてビックリΣ(゚Д゚) アフラ・マズダーとは、ゾロアスター教の最高神のことです。ゾロアスター教は古代ペルシャの宗教で、拝火教としても知られています。インド哲学観光に行ったとき、インドにもゾロアスター教の影響があったことを知り、ゾロアスター教は頭の片隅にそら豆ほどの大きさで鎮座しておりました。

ゾロアスター教の開祖はザラスシュトラで、ドイツ語読みするとツァラトゥストラ。

ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」がゾロアスター教のザラスシュトラだったとは 😯

※そんなことも知らなかったのか、と言われてしまいそうですが、自分の無知をさらけ出します。

早速ニーチェの本を読んでみようとAmazonからポチしようとした直前。ちょっと待てよ、100分de名著にあるはずだと思いつき、U-NEXTで探したところ、1回110円で視聴することができました。週末一気にニーチェを学びまして、その人生哲学に深く共感致し候。

ニーチェは1844年~1900年、ドイツの哲学者です。

自然科学の発展と共に、キリスト教への信仰が薄らぎ始めた時代でした。

神の思し召し通り生きることを善、裏切ることを悪とした価値観からの転換を示唆する書です。

神は死んだ、と言います。

ニーチェは超人であることを目指します。

超人とは自分軸の喜びを見出し、夢中になって生きる人のこと。

人生、禍福あざなえる縄の如しですが、全てを引き受けて肯定できること。

どんなに不運なことがあっても、それも含めて運命を愛せること。

そして、喜びを求めて生きよう、ってことらしいです。(私なりの解釈)

超人の反対は末人(まつじん)と呼び、それはニヒリズムです。ニヒリズムとは全てのモノは無価値であるという考え方。こういう人、いますよね。斜に構えると言いますか、最近の若者は「冷笑界隈」って言うようです。

超人は他人からの承認抜きで全肯定できる。他人との比較は末人となる。

番組の最終回には精神科の先生が出演されており、精神科的に正しい生き方は、「自分の欲望を諦めないこと」とお話されていました。

これ、ホンマに大賛成。

好きなことに夢中になれるって、幸せだし、表情が生き生きと輝いて見えます

美容皮膚科診察室で、私はいつも患者さんの肌状態と表情を観察していますが、楽しく生きている人は自分の人生を肯定しているし、愚痴や文句は言わないし、ニヒリズムではありません。

世間体とか枠組みに囚われず、熱中できる人は美しいと思います。

先週コーチングを受けた時、私の心の賢者から「好きなことをすればええのじゃ。」と言われたのは、このニーチェに繋がるための必然だったのです。

 

100分de名著は実に素晴らしい番組だと思います。

古典を読破するのは時間と労力が必要ですが、とりあえずダイジェスト版ということでしたらさらりと学べますよ。

今はAIが私たちの生活に深く入り込んできているので、どう生きるか、何をするか、という哲学は必須だと思います。それが無いと、AIに支配される人間に脱落するでしょう。

私は考えることを人任せにしたくないので、これからも自分の頭で考え、決断し、行動するようにしようと思います。

 

私らしく

7月、誕生日を迎えました。

年齢は秘密ですが、生物学的には中性と呼べる領域に踏み込んだとでもいいましょうか。

お陰様で更年期障害とは無縁に、この年まで生きて来られたことに感謝。

家族や友人からメッセージが届くこともありがたき幸せ。

偶然にも、

『らしく』いてください

というメッセージが続いたので、それぞれに「私らしく」ってどんなイメージなのか訊ねてみました。

共通点は、以下の2点でした。

★好奇心旺盛で行動力がある

★芯が強い

それを聞いて、気分がぐぐっと上がりました

誕生日に、「その人らしさ」を褒めるときっと喜んでもらえるはず

少なくとも私は超絶嬉しかった!ありがとう!!

その手、これから使わせていただきます

 

私自身、寄る年波のせいか、エストロゲン低下のせいか、若い頃のような沸き上がるエネルギーはもうありません。

でも、それを寂しいと感じることもなく、好きなこと・興味のあることを深堀りできれば十分。

毎日朝起きて、ちゃんと仕事に行って、ご飯を美味しく食べられるだけで幸せです。

日々の診療で、患者さんの肌がキレイに変化する喜びに触れることも生き甲斐です。

家族やスタッフ、周りの人が笑顔で楽しそうにいてくれたらHappy

これからは、もっともっと人の為に無償の愛を注げる人間になりたいと願います。

先祖供養

先日、ショックな出来事があり、落ち込んでしまった

2年前、父が亡くなった時に納骨堂を購入した。両親ともにその納骨堂に眠っている。

ついでに祖父母と曾祖父母のお墓が遠くにあり、お参りに行くには不便な場所なので、私都合で墓じまいを済ませた。

彼らのお骨も、両親と同じ納骨堂に移して、先祖まとめて供養出来るように整えた。

自宅近くにあり、いつでもすぐにお参りに行ける安心感があり、満足している。

子供たちにも、将来お墓を頼みますよ、と話している。

ご先祖様のお陰で、今の私がこうして元気に働き、生きていられると思うと、いつでも感謝の気持ちが湧いてくる。

誰一人欠けても、今の私は生まれていないのだから。

この話を友人らにしたところ、彼女らはお墓に対して良い印象を持っていなかった。

小さい頃からお墓参りが嫌だったと言う。

お墓はお金もかかるし、維持も面倒だから要らない、と言うのである。

自分が亡くなってもお墓は要らないと。

若い頃はお墓や先祖供養のことなど話題に上らなかったので、友人らの考えは知らなかった。

こういう話はデリケートだし、いろんな考えがあって良い(はず)。

多様性を認めよう、いや認めるべきだろう。

頭では理解していても、気持ちがざわつく。

無性に悲しくなった。

何故だろう?

 

形式的なことにこだわらない性分は、友人らの中でもずば抜けていたと思う。

七五三に着物は着なかったし、成人式もやらなかった。

卒業式も着物で参加する人がほとんどだったが、私は洋装だった。

結婚式もやらなかった。

そのような私が、なぜお墓にこだわっているのだろうか。

よくよく考えたのだが、ご先祖様への感謝の気持ちの表現方法だと思う。

けじめをつけることで、自分自身が気持ちよくいられる。

表現は人それぞれで、どのような形式でも良い(のかな?)

私が納骨堂で供養するのは、ご先祖様への感謝やお礼という思いが強く、それを友人らに理解してもらえなかったことで寂しい雨にあたったようだ。

母の死が近かったこともあり、感傷的になっていたのかもしれない。

彼女たちもいろいろな思いがあって、お墓不要論を唱えているのだろうから、それはそれで尊重するべきで、善悪で判断することではない。

 

湿っぽい話題で恐縮だが、今回私の感じた寂しさや悲しさは、何か意味のあることだと思うので記録に残しておきたい。

 

 

 

 

母、永眠。

3月29日、母が永眠しました。

昨日通夜、本日葬儀を無事終えることができました。

予約変更をお願いした患者様には大変ご迷惑をお掛けしましたが、一生に一度しか訪れない母の死という理由でご容赦いただきたいと思います。

 

命がけのインド旅行前、脳出血で倒れた母。

アミロイドアンギオパチーという、脳の毛細血管が破綻して脳出血を起こす病気を患うこと8年目。

予防も治療もなく、いつ再出血するか分からないというストレスを抱えて暮らしていました。

出血する度に後遺症が増え続け、母は相当苦労したと思います。

可哀そうでした。

私のインド帰国後、2月中旬には無事退院し、もともと居た老人ホームに戻ることができました。

全て介助なしでは生活できない状況でしたが、とろみ食を食べさせてあげれば完食できるくらいの気力はありました。

だたし、1回の食事に40分はかかりますので、ヘルパーさんの負担を考えて、ほとんど毎晩食事介助に通いました。

自宅⇔職場⇔老人ホーム

すべて10分程度で移動できる近距離トライアングルに集約していたので、仕事と介護を両立することができました。

約1か月間、診療が終わると急いで母の食事介助へGo

私にとっては至福の時間でした。

よく、「介護は大変ですね。」と言われますが、とんでもございません

親の世話をさせていただけることは幸せに他なりません。

診療以外の仕事を任せることができたのは、スタッフのお陰です。彼女たちには本当に感謝しています。

そして、施設のヘルパーさんたちには、お風呂や身支度、食事から排泄まで大変お世話になりました。

自宅ではとうてい出来ないことを担っていただけたことで、私も安心して日々の診療を続けることができました。

そして兄夫婦はお役所への各種手続きや、母の家の掃除などを担当してくれました。

東京を離れる時は、お互いタイミングをずらして協力し合いました。

このように、人は他人の力を借りて、お世話になって生きていることを謙虚に受け止め、感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。

 

3月27日に主治医から危篤を告げられました。

28日には通常診療と、どうしてもやらなければならない用事があり、「お母さん、今日の夜まで頑張っていてね」と意識のない母に声を掛けてクリニックに向かいました。

そして夜に駆け付けた時には、ちゃんと息をして待っていてくれました

土曜日なので、心おきなく当直だ!と覚悟して、添い寝をしながら思い出話を語りかけていた丑三つ時。

母の呼吸は次第に弱くなり、脈も弱くゆっくりとなり、静かに息を引き取りました。

最期まで穏やかで気品のある母でした。

「お母さん、ありがとね」

両親ともに、死に目に会うことが出来たのは、偶然ではなく必然なのだと思います。

 

通夜と葬儀には、母の中学・高校・大学時代のご友人にたくさんご参列していただきました。

沢山の友達に囲まれ、皆に愛されていた母でした。

いつも穏やかで品のある母。

見栄や虚栄心など一切なく、物事の本質を捉えることができる人でした。

シェークスピアを愛読し、人の心の機微を察する力がありました。

歴史や政治の話が好きでした。

お金には興味がなく、数字や損得勘定は苦手な人でした。

テニスが好きで、錦織圭のファンでした。

若い頃は沢田研二とケビンコスナーのファンで、部屋にカレンダーがありました。

尊敬する人は聖徳太子。

人生哲学は「真理の追究」

自分のことで忙しく、子供には干渉しない人でしたので、うるさいことを言われた記憶がありません。

40代の頃、よく夜遊びをしていたようですが、必ず終電に間に合うよう帰宅していました。私も自分のことで忙しかったので気にしていませんでした。

私の大学受験初日も、私より早くゴルフに出かけてしまったので、自分でおにぎりを握って受験会場に出かけました。

整理整頓が苦手な人で、引き出しの中はいつもぐちゃぐちゃでした。

おおらかな人でした。

私のクリニック運営にも、多大なる協力をしてくれました。

私は、このような母親の子供に生まれて本当に良かったと、今の自分があるのも母のお陰だと心の底から思います。

こちら、本日の満月「ピンクムーン」

ピンクが大好きだった母にふさわしい夜となりました。

 

お母さん、ありがとう。また来世で会いましょうね。

 

 

人生は選択の連続である

“人生は選択の連続である”

シェークスピアの「ハムレット」の名言です。

私が小学生の頃、母がシェークスピア好きで、NHKのシェークスピア劇場を熱心に観ていました。

子供心にロミオとジュリエットは印象的でしたが、ハムレットとかお気に召すままとかリア王とか、よく分かりませんでした 水面に浮かぶオフィーリアにギョッとしたことは覚えています。

母曰く、シェークスピアの作品を読んだことで、人の心の機微というものを感じ取れるようになったとのこと。

 

人は1日に35,000回の選択をしているそうです。

何を食べようかな。

先にお風呂に入る、食事にする?

どの洋服を着ようかな。

どちらの本を読もうかな。

・・・などの小さな選択は無意識レベルでたくさん意思決定されていますが、

結婚とか引っ越しとか就職など大きなイベントはインパクトのある選択です。

最近、比較的大きな選択に迫られることが続き、心が擦り減り気味であります

いや、小さな選択もたくさんありあり。

半世紀以上生きてきて、自分の選択には絶対の自信はありますが、それでも迷うことはあります。

皮肉なことに、娘の私が母の介護施設を選択いたしました。

親とは言え、他人の生活に責任を持つ重さとでも言いましょうか。

そして費用の責任もあります。

あ~~~

思い返せば、20代までは失敗だらけの選択でした

痛い思いもたくさん経験していました。

自分も傷ついたし、他人も傷つけました。ごめんなさい

「私、失敗しないんで。」と言いたいところですが、失敗も含めて今があると思うと、失敗は悪くありません。

でも、もう人生後半戦だから、賢く生きて、失敗するような選択は避けたいところです。

日々是選択、日々是好日。

 

 

 

 

高速道路走行中

またまた人生の年輪が一つ増えました。

この世に生まれてきただけでも奇跡なのに、こうして1年を無事過ごせていることは誠に有難いことです。

先日、クリニックのスタッフとオペラ鑑賞に出かけました。

久しぶりの新国立劇場でしたが、きちんとした身なりのお客様が多く、心地よい空間でした。

休日に院長と共に余暇を過ごしてくれるスタッフがいるなんて、私は何て幸せ者だろう!という気持ちになります。

家族、友人、患者様から温かいメッセージや贈り物をいただいて、今年は例年よりひと際喜びを噛みしめました。

 

天命を知る50代。

例えるなら高速道路を制限速度内で走っているような感じです。しかも真ん中車線。(追い越し車線ではございません!)

40代半ば頃にやっと高速入り口に入り、そこから安全運転を続けている感覚です。

でも走り続けるには常に緊張しますし、燃料だって必要です。車のメンテナンスも必要です。

運転する体力や集中力も欠かせません。

いつかは一般道に降り、どこかで停車することになりますが、まだまだもう少し高速道路を走り続けようと思います。

逆走する高齢者になる前に、出口へ向かって車線変更いたします。

スタッフから日本酒3本プレゼントこうして気にかけてもらえることに幸せを噛みしめます。

少し前の中年期は「誕生日なんて全然嬉しくない」と擦れた気持ちになりましたが、今年は純粋に嬉しいと思えるので、何か心境の変化を感じています。

生きているだけで丸儲け、ですね。

 

 

 

人は易きに流れる

「人は易きに流れるから、若い時の苦労は買ってでもしなさい。」と言われた昭和世代。

四当五落とか言っていましたね

いえいえ、昭和世代はシニアになった現在も猛烈に努力しています。

還暦を過ぎても、英語を猛特訓して海外へビジネス展開する人。

MBA留学を踏み台にして、ステージを上げる人。

大学院に入学し、やりたかった学びを深める人。

ゴルフでプロ顔負けの練習をして、自己ベストを更新し続ける人。

毎日1万歩を実行する人。

フルマラソンに出場する人。

 

そんな皆さまに共通して言えることは、とにかくこつこつ継続していることです。

それが当たり前に出来る人たち、やっぱりすごい。

そういう人たちだから、美容と健康に気を遣うのも当たり前。

当然肌もきれいになるわけ。

ウルトラリスペクト

 

無症状更年期を迎えている私は、どうも若い頃のような踏ん張りがきかなくなって、ブレーキ故障中。

易きに流れて、溺れそうです。助けて~。

ジャズダンスでは、あまりに脚が上がらない短足オバサン。必殺「開脚チェア」なるものを密かに購入し、毎晩開脚体操しているものの、効果は目に見えず。

友人にその話をしたら、「私は前後開脚できるようになるまで7年かかったわよ。」と言われてしまい、自分の甘さが恥ずかしく情けなく

こつこつ、ゆっくり。人生フルーツ。

 

美肌は1日にしてならず。

しかし、長期的に見ていただければ、美容医療の効果は絶大です。

美容皮膚科医として駆け出しの頃、知的なキャリアウーマンのお手入れをさせていただいた時に感じたことを今でも思い出します。

「私はこのような人たちがそれぞれのお仕事で存分に力を発揮できるよう、美容面で貢献したい。」と思いました。

美容の悩みで煩うことのないように。

素肌に自信が持てれば気分が良くなり、若々しさを保ちつつ、本業の「何か」に打ち込むことができるのではないでしょうか。

いや、素肌を整えておくことは、もはや仕事前の身支度のような行為とすら感じています。

 

易きに流されない女性たちに、夢と希望を感じながら通っていただけることを誇りに思います。

努力と継続の大切さをしみじみ感じた春でした。

 

時給328円

半日かけて父の遺品整理をしました。

私が子供の頃の入学式や卒業式、運動会、ピアノ発表会のプログラム、テニス大会のパンフレット、図工で描いた絵、父宛に書いた手紙など発見。

親思う心にまさる親心、、、

 

ついでに、まだ解約していなかった〇〇銀行へ、相続手続きに立ち寄りました。

すでにいくつかの銀行で手続きを済ませたのですが、まだ少額残っている口座がチラホラ。

銀行によって相続手続きが異なり、大手都市銀行は郵送でやりとり終了。

某信用金庫は窓口へ足を運ぶ必要がありました。

今日の銀行は、予約なしで立ち寄ったものの、当日対応OK

しかし通帳もキャッシュカードも紛失しており、残金いくらかも分からず

ただ、〇〇銀行に口座があったことは覚えていました。

店頭のテレビ電話窓口で画面越しに手続きをしたのですが、カメラとかプリンターなど指示通りに使いこなしながら、2時間近く滞在し、閉店時間を大幅に過ぎてしまいました。

それでも1日で手続きを完了することができたので、まあ仕方ないか、と開き直っていたものの・・・

最後に現金で支払われた残金が、な・な・なんと、656円

たった656円のために2時間も費やしたとは

私の時給は328円かい

 

いえいえ、人生お金、コスパだけではございません。

やるべきことをきちんと終わらせる爽快感もございます。

 

私が学生時代の頃から、「子供の教育にはお金を惜しまないが、財産は残さない」と宣言していた父。

本当に使い切って旅立ちました。

そして、教育によって生きる術を身につけさせていただいたことに感謝。

 

夕暮れ時、満開を過ぎた桜並木。愛犬と共に、花びら絨毯を楽しみながら、生きる喜びを噛みしめています。

 

 

 

2025.02.20

母の病気

母が再び脳出血で入院した。

自宅で転倒して動けなくなり、救急車で搬送されたところ、1週間前に起こしていたと思われる脳出血が確認された。

かかりつけの病院へ受け入れてもらえることができたのが不幸中の幸いだ。

右脳出血により、左半身に軽い麻痺があり、上手く歩けなくなっていたようだ。

最近腰が曲がってしまい、足腰の痛みを訴えるようになっていたので、「上手く歩けず転んじゃうのよね。靴下が滑るみたい。」という切実な訴えも、腰が原因だと思い込んでいた。

休日に様子を見に行くと、ベッドの上で、変な姿勢で横になっていた。

手を取って介助して、何とかよちよちトイレに行けたものの、一人ではどうにもならないレベルだった。

それでも寝室からリビングまで連れ出し、ご飯を食べさせたら、案外普通に話していたので、脳出血とは考えられなかった。

私が帰ろうとした時、玄関でひっくり返った。頭をぶつけた。腰もぶつけた。

抱きかかえて起こそうとしたが、痛がって少しも動かせない。

終わった。と思った。

すぐに119番通報。

 

幸い骨折はしなかったものの、脳出血が見つかった。

転倒とは関係のない、1週間くらい前の脳出血だ。

脳の異変に気付けなかった娘に、「何しているの?早く何とかしてあげなさいよ。」という神の思し召しが、母を転倒させたのだと思った。

気付いてあげられなかった自分が歯がゆい。

 

緊急入院すると、人間は自分の病状や環境の変化から想像を絶するストレスを感じ、不安になる。

最初の夜は、不穏になって点滴を抜去するなど暴れたらしい。

食事も喉を通らなかったようだ。

「皆が私の家を狙っている」とか、「アフリカ人が家に泊まりに来たのよ。セネガル人かしら。」などせん妄症状を認めたので、まずはできるだけ不安を取り除いてあげようと、毎日病院に通った。

母の入院している病院は面会がゆるく、夜8時までOKというのが有難い。

しかも食事持ち込みOKの神対応。

母の大好きな“ひなあられ”や“りんご”を食べさせて、コーヒーを飲みながら、入院生活についての話に耳を傾けた。

変なことを言っても否定せず、ただ受け入れた。

そうしているうちに、だんだん表情が穏やかになり、いつもの母に戻っていった。

「この病院の人たちは良くやってくれるわ。」と、感謝の言葉に変わっていった。

 

足の麻痺があるので、歩けない。

しらばくリハビリが必要になるけれど、一人で歩いてトイレに行けるくらいまで回復して欲しい。

 

それにしても、なぜ私の両親は揃って脳卒中となり、後遺症に苦しめられることになるのだろうか。

脳が不自由になることは、健常者の我々には到底理解できないような苦しみがあるようだ。

不安、焦り、苛立ち。

6年間親の介護に直面してきたので、どのように対応すべきかということは頭では理解できる。

大切なことは、病気の人を不安にさせないこと。安心させること。

しかし、実の親の脳が壊れていく様子を目の当たりにすると、理想通りに優しくはなれない。

感情が許さないのだ。

保護者である私が、時に厳しくなったり、声を荒げてしまうこともある。

そのたびに落ち込む。

自分の頭の中に、こんがらがった針金の塊が植え込まれているような感覚だ。

こんな状態でも、日々の仕事はきちんとやらなければならない。

そして家族が安心して暮らせるようサポートしなければならない。

いや、それが出来ている自分の脳が正常なことに感謝である。

我々の能力は人それぞれだ。超ハイスペックな脳もあれば、ロースペックな脳もある。

脳血管疾患だけでなく、うつ状態など精神を病んでしまうと脳が働かなくなってしまうらしい。

DVなどのトラウマでもそうなるらしい。

依存症や借金まみれになる人たちは、脳の働きに問題が発生しているので、自助努力ではどうにもならないようだ。

だらしないとかやる気がないという自己責任論では片付けられない問題。

だから、頭脳に対して良し悪しをつけることが間違っており、能力の高い人は困っている人を助けるために使ってこそ意味があるのではないかと思う。

 

プライベートネタを炸裂させてしまったけれど、親の病気を通して、残酷な人間社会についてものすごく考えさせられたからどうしても記しておきたかった。

まだまだ私の修行は続きそうだ。

 

参考文献

『貧困と脳』(著)鈴木大介 幻冬舎新書

 

 

 

 

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