世界人
中学高校時代の友人Hちゃんと再会しました。
卒業以来だったかと。
海外で暮らしているので、帰国のタイミングで会うことになりました。
中学時代、テニス部で知り合い、一緒によく遊びました。
Hちゃんと私は小学生の時からテニスをやっていたので、当時はまだ珍しかった金属製の大きいラケットを使ってたところ、先輩から呼び出されて「生意気だ、ウッドラケットを使うように。」と注意されててびっくり![]()
そこで大人しく引っ込む私たちではありません![]()
「なぜ?今まで使っていたモノなのに。わざわざ買い直すなんておかしいでしょ
」
と、毅然とした態度で向き合ったところ、よく覚えていないのですが、そのまま金属ラケットを使い続けることができました。
そういう意見を言い合えるところが、気が合ったのかもしれません。
彼女は帰国子女だったので、日本語より英語が流暢でしたし、振り返ればマインドも考え方もアメリカ人でした。
すぐに英語でベラベラ話し始めるから、何を話しているのか理解できるようになりたい!と英語の勉強に励んだのも、彼女の影響が大きかったと思います。
久しぶりに会ったら、グローバル感覚に磨きがかかり、日本人ではなく世界人になっていました![]()
世界紛争の話とか、政治の話とか、自然災害の話とか、話題が盛りだくさん![]()
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外国での子育て話はスカッとするほど大胆です。
大学時代も1人でヨーロッパを旅したり、イギリスに留学していたようで、卒業後はほとんど外国で過ごしてキャリアアップしてきたようです。
詳しくは書けませんが、紛争地域や危ないところに行っていた超ワイルドレディーです。あっぱれ。
36年間の空白を埋めるのは容易ではありませんでしたが、彼女の規格外な生き方に触れ、「そうだそうだ、こんなんだった。中学生だった私は、Hちゃんから大いに影響を受けたに違いない。」と思い出しました。
Hちゃんと話していたら、自分があまりに小さな檻の中にいるような気がして、もっと枠からはみ出してもいいんじゃないのかな?という気持ちがムクムク湧きあがります。
思い返せば20年間、白金のクリニックという自分で作った箱の中で、ずっと同じ仕事を続けていたことに我ながら驚くばかりです。
学生時代は医者の世界がとても窮屈に感じ、医学部生活以外のところに目を向けようと、英語の勉強に励んだり、長期休暇の時は海外研修に参加したり、旅行したり、留学時代の友人と遊んだりと課外活動にエネルギーをぶつけていたのに、30代以降は超ドメスティック日本人医師として暮らしているではありませんか
人間は変わるものです。
Hちゃんも含め友達4人と一緒に、将来の自分たちについて予測した手紙を入れたタイムカプセルを友人宅の庭に埋めたのですが、家の建て替えによって行方不明になってしまったことが残念で仕方ありません
10代の私達は何を予測していたのでしょうか![]()
学生時代の友人に触れると、自分が何を大切にしていたか、どのように考えていたか等について浮き彫りになるので、色々な気付きがあって面白いです。
これからも懐かしい人たちに、積極的に会いに行きたいと思います!
