医療法人社団晴栄会
白金ビューティフルエイジングクリニック

03-5791-4800

受付時間 9:00~17:00[月~土]

Blog院長ブログ

私らしく

7月、誕生日を迎えました。

年齢は秘密ですが、生物学的には中性と呼べる領域に踏み込んだとでもいいましょうか。

お陰様で更年期障害とは無縁に、この年まで生きて来られたことに感謝。

家族や友人からメッセージが届くこともありがたき幸せ。

偶然にも、

『らしく』いてください

というメッセージが続いたので、それぞれに「私らしく」ってどんなイメージなのか訊ねてみました。

共通点は、以下の2点でした。

★好奇心旺盛で行動力がある

★芯が強い

それを聞いて、気分がぐぐっと上がりました

誕生日に、「その人らしさ」を褒めるときっと喜んでもらえるはず

少なくとも私は超絶嬉しかった!ありがとう!!

その手、これから使わせていただきます

 

私自身、寄る年波のせいか、エストロゲン低下のせいか、若い頃のような沸き上がるエネルギーはもうありません。

でも、それを寂しいと感じることもなく、好きなこと・興味のあることを深堀りできれば十分。

毎日朝起きて、ちゃんと仕事に行って、ご飯を美味しく食べられるだけで幸せです。

日々の診療で、患者さんの肌がキレイに変化する喜びに触れることも生き甲斐です。

家族やスタッフ、周りの人が笑顔で楽しそうにいてくれたらHappy

これからは、もっともっと人の為に無償の愛を注げる人間になりたいと願います。

先祖供養

先日、ショックな出来事があり、落ち込んでしまった

2年前、父が亡くなった時に納骨堂を購入した。両親ともにその納骨堂に眠っている。

ついでに祖父母と曾祖父母のお墓が遠くにあり、お参りに行くには不便な場所なので、私都合で墓じまいを済ませた。

彼らのお骨も、両親と同じ納骨堂に移して、先祖まとめて供養出来るように整えた。

自宅近くにあり、いつでもすぐにお参りに行ける安心感があり、満足している。

子供たちにも、将来お墓を頼みますよ、と話している。

ご先祖様のお陰で、今の私がこうして元気に働き、生きていられると思うと、いつでも感謝の気持ちが湧いてくる。

誰一人欠けても、今の私は生まれていないのだから。

この話を友人らにしたところ、彼女らはお墓に対して良い印象を持っていなかった。

小さい頃からお墓参りが嫌だったと言う。

お墓はお金もかかるし、維持も面倒だから要らない、と言うのである。

自分が亡くなってもお墓は要らないと。

若い頃はお墓や先祖供養のことなど話題に上らなかったので、友人らの考えは知らなかった。

こういう話はデリケートだし、いろんな考えがあって良い(はず)。

多様性を認めよう、いや認めるべきだろう。

頭では理解していても、気持ちがざわつく。

無性に悲しくなった。

何故だろう?

 

形式的なことにこだわらない性分は、友人らの中でもずば抜けていたと思う。

七五三に着物は着なかったし、成人式もやらなかった。

卒業式も着物で参加する人がほとんどだったが、私は洋装だった。

結婚式もやらなかった。

そのような私が、なぜお墓にこだわっているのだろうか。

よくよく考えたのだが、ご先祖様への感謝の気持ちの表現方法だと思う。

けじめをつけることで、自分自身が気持ちよくいられる。

表現は人それぞれで、どのような形式でも良い(のかな?)

私が納骨堂で供養するのは、ご先祖様への感謝やお礼という思いが強く、それを友人らに理解してもらえなかったことで寂しい雨にあたったようだ。

母の死が近かったこともあり、感傷的になっていたのかもしれない。

彼女たちもいろいろな思いがあって、お墓不要論を唱えているのだろうから、それはそれで尊重するべきで、善悪で判断することではない。

 

湿っぽい話題で恐縮だが、今回私の感じた寂しさや悲しさは、何か意味のあることだと思うので記録に残しておきたい。

 

 

 

 

母、永眠。

3月29日、母が永眠しました。

昨日通夜、本日葬儀を無事終えることができました。

予約変更をお願いした患者様には大変ご迷惑をお掛けしましたが、一生に一度しか訪れない母の死という理由でご容赦いただきたいと思います。

 

命がけのインド旅行前、脳出血で倒れた母。

アミロイドアンギオパチーという、脳の毛細血管が破綻して脳出血を起こす病気を患うこと8年目。

予防も治療もなく、いつ再出血するか分からないというストレスを抱えて暮らしていました。

出血する度に後遺症が増え続け、母は相当苦労したと思います。

可哀そうでした。

私のインド帰国後、2月中旬には無事退院し、もともと居た老人ホームに戻ることができました。

全て介助なしでは生活できない状況でしたが、とろみ食を食べさせてあげれば完食できるくらいの気力はありました。

だたし、1回の食事に40分はかかりますので、ヘルパーさんの負担を考えて、ほとんど毎晩食事介助に通いました。

自宅⇔職場⇔老人ホーム

すべて10分程度で移動できる近距離トライアングルに集約していたので、仕事と介護を両立することができました。

約1か月間、診療が終わると急いで母の食事介助へGo

私にとっては至福の時間でした。

よく、「介護は大変ですね。」と言われますが、とんでもございません

親の世話をさせていただけることは幸せに他なりません。

診療以外の仕事を任せることができたのは、スタッフのお陰です。彼女たちには本当に感謝しています。

そして、施設のヘルパーさんたちには、お風呂や身支度、食事から排泄まで大変お世話になりました。

自宅ではとうてい出来ないことを担っていただけたことで、私も安心して日々の診療を続けることができました。

そして兄夫婦はお役所への各種手続きや、母の家の掃除などを担当してくれました。

東京を離れる時は、お互いタイミングをずらして協力し合いました。

このように、人は他人の力を借りて、お世話になって生きていることを謙虚に受け止め、感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。

 

3月27日に主治医から危篤を告げられました。

28日には通常診療と、どうしてもやらなければならない用事があり、「お母さん、今日の夜まで頑張っていてね」と意識のない母に声を掛けてクリニックに向かいました。

そして夜に駆け付けた時には、ちゃんと息をして待っていてくれました

土曜日なので、心おきなく当直だ!と覚悟して、添い寝をしながら思い出話を語りかけていた丑三つ時。

母の呼吸は次第に弱くなり、脈も弱くゆっくりとなり、静かに息を引き取りました。

最期まで穏やかで気品のある母でした。

「お母さん、ありがとね

両親ともに、死に目に会うことが出来たのは、偶然ではなく必然なのだと思います。

 

通夜と葬儀には、母の中学・高校・大学時代のご友人にたくさんご参列していただきました。

沢山の友達に囲まれ、皆に愛されていた母でした。

いつも穏やかで品のある母。

見栄や虚栄心など一切なく、物事の本質を捉えることができる人でした。

シェークスピアを愛読し、人の心の機微を察する力がありました。

歴史や政治の話が好きでした。

お金には興味がなく、数字や損得勘定は苦手な人でした。

テニスが好きで、錦織圭のファンでした。

若い頃は沢田研二とケビンコスナーのファンで、部屋にカレンダーがありました。

尊敬する人は聖徳太子。

人生哲学は「真理の追究」

自分のことで忙しく、子供には干渉しない人でしたので、うるさいことを言われた記憶がありません。

40代の頃、よく夜遊びをしていたようですが、必ず終電に間に合うよう帰宅していました。私も自分のことで忙しかったので気にしていませんでした。

私の大学受験初日も、私より早くゴルフに出かけてしまったので、自分でおにぎりを握って受験会場に出かけました。

整理整頓が苦手な人で、引き出しの中はいつもぐちゃぐちゃでした。

おおらかな人でした。

私のクリニック運営にも、多大なる協力をしてくれました。

私は、このような母親の子供に生まれて本当に良かったと、今の自分があるのも母のお陰だと心の底から思います。

こちら、本日の満月「ピンクムーン」

ピンクが大好きだった母にふさわしい夜となりました。

 

お母さん、ありがとう。また来世で会いましょうね。

 

 

人生は選択の連続である

“人生は選択の連続である”

シェークスピアの「ハムレット」の名言です。

私が小学生の頃、母がシェークスピア好きで、NHKのシェークスピア劇場を熱心に観ていました。

子供心にロミオとジュリエットは印象的でしたが、ハムレットとかお気に召すままとかリア王とか、よく分かりませんでした 水面に浮かぶオフィーリアにギョッとしたことは覚えています。

母曰く、シェークスピアの作品を読んだことで、人の心の機微というものを感じ取れるようになったとのこと。

 

人は1日に35,000回の選択をしているそうです。

何を食べようかな。

先にお風呂に入る、食事にする?

どの洋服を着ようかな。

どちらの本を読もうかな。

・・・などの小さな選択は無意識レベルでたくさん意思決定されていますが、

結婚とか引っ越しとか就職など大きなイベントはインパクトのある選択です。

最近、比較的大きな選択に迫られることが続き、心が擦り減り気味であります

いや、小さな選択もたくさんありあり。

半世紀以上生きてきて、自分の選択には絶対の自信はありますが、それでも迷うことはあります。

皮肉なことに、娘の私が母の介護施設を選択いたしました。

親とは言え、他人の生活に責任を持つ重さとでも言いましょうか。

そして費用の責任もあります。

あ~~~

思い返せば、20代までは失敗だらけの選択でした

痛い思いもたくさん経験していました。

自分も傷ついたし、他人も傷つけました。ごめんなさい

「私、失敗しないんで。」と言いたいところですが、失敗も含めて今があると思うと、失敗は悪くありません。

でも、もう人生後半戦だから、賢く生きて、失敗するような選択は避けたいところです。

日々是選択、日々是好日。

 

 

 

 

高速道路走行中

またまた人生の年輪が一つ増えました。

この世に生まれてきただけでも奇跡なのに、こうして1年を無事過ごせていることは誠に有難いことです。

先日、クリニックのスタッフとオペラ鑑賞に出かけました。

久しぶりの新国立劇場でしたが、きちんとした身なりのお客様が多く、心地よい空間でした。

休日に院長と共に余暇を過ごしてくれるスタッフがいるなんて、私は何て幸せ者だろう!という気持ちになります。

家族、友人、患者様から温かいメッセージや贈り物をいただいて、今年は例年よりひと際喜びを噛みしめました。

 

天命を知る50代。

例えるなら高速道路を制限速度内で走っているような感じです。しかも真ん中車線。(追い越し車線ではございません!)

40代半ば頃にやっと高速入り口に入り、そこから安全運転を続けている感覚です。

でも走り続けるには常に緊張しますし、燃料だって必要です。車のメンテナンスも必要です。

運転する体力や集中力も欠かせません。

いつかは一般道に降り、どこかで停車することになりますが、まだまだもう少し高速道路を走り続けようと思います。

逆走する高齢者になる前に、出口へ向かって車線変更いたします。

スタッフから日本酒3本プレゼントこうして気にかけてもらえることに幸せを噛みしめます。

少し前の中年期は「誕生日なんて全然嬉しくない」と擦れた気持ちになりましたが、今年は純粋に嬉しいと思えるので、何か心境の変化を感じています。

生きているだけで丸儲け、ですね。

 

 

 

人は易きに流れる

「人は易きに流れるから、若い時の苦労は買ってでもしなさい。」と言われた昭和世代。

四当五落とか言っていましたね

いえいえ、昭和世代はシニアになった現在も猛烈に努力しています。

還暦を過ぎても、英語を猛特訓して海外へビジネス展開する人。

MBA留学を踏み台にして、ステージを上げる人。

大学院に入学し、やりたかった学びを深める人。

ゴルフでプロ顔負けの練習をして、自己ベストを更新し続ける人。

毎日1万歩を実行する人。

フルマラソンに出場する人。

 

そんな皆さまに共通して言えることは、とにかくこつこつ継続していることです。

それが当たり前に出来る人たち、やっぱりすごい。

そういう人たちだから、美容と健康に気を遣うのも当たり前。

当然肌もきれいになるわけ。

ウルトラリスペクト

 

無症状更年期を迎えている私は、どうも若い頃のような踏ん張りがきかなくなって、ブレーキ故障中。

易きに流れて、溺れそうです。助けて~。

ジャズダンスでは、あまりに脚が上がらない短足オバサン。必殺「開脚チェア」なるものを密かに購入し、毎晩開脚体操しているものの、効果は目に見えず。

友人にその話をしたら、「私は前後開脚できるようになるまで7年かかったわよ。」と言われてしまい、自分の甘さが恥ずかしく情けなく

こつこつ、ゆっくり。人生フルーツ。

 

美肌は1日にしてならず。

しかし、長期的に見ていただければ、美容医療の効果は絶大です。

美容皮膚科医として駆け出しの頃、知的なキャリアウーマンのお手入れをさせていただいた時に感じたことを今でも思い出します。

「私はこのような人たちがそれぞれのお仕事で存分に力を発揮できるよう、美容面で貢献したい。」と思いました。

美容の悩みで煩うことのないように。

素肌に自信が持てれば気分が良くなり、若々しさを保ちつつ、本業の「何か」に打ち込むことができるのではないでしょうか。

いや、素肌を整えておくことは、もはや仕事前の身支度のような行為とすら感じています。

 

易きに流されない女性たちに、夢と希望を感じながら通っていただけることを誇りに思います。

努力と継続の大切さをしみじみ感じた春でした。

 

時給328円

半日かけて父の遺品整理をしました。

私が子供の頃の入学式や卒業式、運動会、ピアノ発表会のプログラム、テニス大会のパンフレット、図工で描いた絵、父宛に書いた手紙など発見。

親思う心にまさる親心、、、

 

ついでに、まだ解約していなかった〇〇銀行へ、相続手続きに立ち寄りました。

すでにいくつかの銀行で手続きを済ませたのですが、まだ少額残っている口座がチラホラ。

銀行によって相続手続きが異なり、大手都市銀行は郵送でやりとり終了。

某信用金庫は窓口へ足を運ぶ必要がありました。

今日の銀行は、予約なしで立ち寄ったものの、当日対応OK

しかし通帳もキャッシュカードも紛失しており、残金いくらかも分からず

ただ、〇〇銀行に口座があったことは覚えていました。

店頭のテレビ電話窓口で画面越しに手続きをしたのですが、カメラとかプリンターなど指示通りに使いこなしながら、2時間近く滞在し、閉店時間を大幅に過ぎてしまいました。

それでも1日で手続きを完了することができたので、まあ仕方ないか、と開き直っていたものの・・・

最後に現金で支払われた残金が、な・な・なんと、656円

たった656円のために2時間も費やしたとは

私の時給は328円かい

 

いえいえ、人生お金、コスパだけではございません。

やるべきことをきちんと終わらせる爽快感もございます。

 

私が学生時代の頃から、「子供の教育にはお金を惜しまないが、財産は残さない」と宣言していた父。

本当に使い切って旅立ちました。

そして、教育によって生きる術を身につけさせていただいたことに感謝。

 

夕暮れ時、満開を過ぎた桜並木。愛犬と共に、花びら絨毯を楽しみながら、生きる喜びを噛みしめています。

 

 

 

心に遊びの余白を

先週の続き。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 (著)三宅香帆 集英社新書

読み終えました

明治以降現在に至るまで、日本の時代背景と、日本人がどのように本と向き合ってきたのかという点から考察するなど、なかなかユニークな意見が述べられています。

簡単に(雑に)要約すると、現代人は忙しすぎて、読書はノイズになってしまうから敬遠される傾向にあるということ。本を読んでいると、自分の知らないことや予期せぬ内容に遭遇することがあります。私はこれが好きで、知らないことを知識として知り得る喜びがありますし、未知の世界を疑似体験することもできます。

それに対し、インターネットやHow to 本で得られる表面的な情報はノイズのない知識です。簡単なので人々に受け入れられやすく、仕事に役立つコミュニケーション術とか投資戦略方法とか、我々の利益に直結するように見せかけて、ただの薄っぺらい情報で、スマホに触れれば大量に入手できるような情報。このような情報を無料で聞き流しても、自分の血となり肉となるとは到底思えません。・・・と私が思い込んでいるから、ネット情報に触れることに大きな違和感を感じているのだと思います。

◎読書―ノイズ込みの知を得る

◎情報-ノイズ抜きの知を得る

なるほど。

仕事が忙しくて余裕がなくなると、本が読めなくなってしまうのは、ノイズを楽しむための遊びの余白が小さくなっているからなのでしょう。思考の大部分が仕事に占拠されていることに気づきます。

我々人間にとって社会はうるさく、情報過多で、ごちゃごちゃ人も多く、心の平静を保つことはますます難しくなっている現代社会。

だからこそ自分の身の回りだけはキレイにすっきりと整理しておきたいという気持ちになり、断捨離とかときめく片付け術などがヒットしたとか。

その気持ち、すごく分かります。

私は、多くの人で混雑した雑多な街に身を置くことがとてもストレスに感じるので、できるだけ新宿・渋谷には出ないようにしています。

私たちの提唱している肌ルネなども、化粧品というノイズを絶ち、少しでもシンプルに暮らしたいと願う人たちに響いているのだと思います。

 

これからの時代は、「いかにノイズを減らしていくか」ということがキーになってくると思います。

意識的に整理していかないと、情報の渦に巻き込まれて、人生がぐちゃぐちゃになりそうです。

仕事が忙し過ぎたり、自分の健康に自信がなくなったり、家族の問題対応に追われると、頭の中はノイズだらけになります。人間生きていればそのような苦しい時期もありますので、そのような時こそ心に遊びの余白を確保して、本が読める状態に戻すことを目指したいと思います。

医師国家試験

娘が医師国家試験に合格しました!

当の本人は呑気に旅行中ですので、代わりに私が発表を見ることに。

久しぶりにドキドキしました

合格率92.3%ですので、医学部に入学すれば、ほとんど出口が保証されているような試験ですが、それでもしみじみ嬉しいものです。

この6年間、途中コロナ禍を経験しながら、試験や病院実習などコツコツよく頑張りました 誇りに思います。

孫が医者になることを誰よりも楽しみにしていた我が父(娘の祖父)の位牌に報告。

あと半年生きていてくれたら間に合ったのに残念ですが、きっと天国で喜んでいることでしょう。

 

医師はこれからが勝負です。

まずは初期研修2年間。

どんなお医者さんになるのか、楽しみです。

 

生涯現役

北里大学形成外科同門会の勉強会と新年会に参加しました。

久しぶりに大学関連の行事に参加したのですが、若いドクターから退官後の大先生まで幅広く出席していました。

大学はアカデミックで、臨床と研究をバランス良く行うよう指導しているようです。

思考を含め、医師としてレベルアップすることをきちんと教育している様子が伺えました。

若い先生方も落ち着いてしっかりした雰囲気でした。

私のような末端の開業医にとっては、身の引き締まる思いです。

 

驚いたのは、70歳過ぎのシニアドクター先輩方が今でも現役で手術をされていること。

匠の世界です~

戦後生まれの諸先輩方は、若い頃(1970~80年代)、医師として猛烈に修行されており、今でいうパワハラ・ブラックは当たり前の医学界。単なる手術スキルに留まらず、デッサンも学んでいたとか。他にもメカニックなことや、写真、工作など幅広い趣味をお持ちな方が多く、教養も深い。とにかく“仕事好き”な集団なのです。だからこそ生涯現役でお仕事ができるのでしょう。

仕事が好きという空気で満たされていました。

私も美容医療大好きなので(研究は苦手)、とても居心地のよい時間を過ごすことができました。

医者は日曜日だろうが何だろうが、勉強するんです。自己研鑽命。

大先輩は、深夜3時まで仕事をして朝7時に起きるとか、

朝3時半に起きて始発で仕事に行くとか、もうワーカーホリックの極み

でも、好きでやっているから、全く悲壮感がなく、かえって楽しそうに見えるのが美しいとすら思えます。

そして人の役に立っています。

いいなぁ。

匠先生方の足元にも及びませんが、私もまだまだ頑張ろう

HOME > 院長ブログ > 人生について