院長ブログ


ストックホルム

スウェーデンのストックホルムで夏季休暇を過ごしました

初の北欧旅行です。

いつも個人旅行ですので、あまり移動せず同じところに滞在するパターンが多く、今回もストックホルムonlyでした。

ヨーロッパもいろいろなところを巡りましたが、若いころは日本との違いに目を輝かせ、西欧文化に憧れたものでした。

しかしながら人生半世紀近く生きていると、見えてくるものが変わります。

今回の旅で感じたことは、「日本と西欧の歴史・文化の違い」です。

良いとか悪いとかではなく、「違う」ということです。

違いを挙げてみましょう。

①ヨーロッパ人はUVケアなどお構いなしで、太陽の光を喜んで浴びています。冬が長く日照時間の短い国では、太陽の恵みが嬉しくて仕方ないのでしょうか。ヨーロッパに行く度に思うのですが、彼らは太陽に向かって生きているような雰囲気です。シミ・しわが増えても気にしない?それよりも太陽の下で楽しむ時間が大切なのでしょうね。私は仕事柄、日を浴びることがストレスになってしまうので、ヨーロッパの人々のように楽しめません。日を浴びると皮膚がチリチリ痛痒くなってしいまいますので、UV対策は欠かせません。

②家族・友人とよく喋り、よく食べ、よく飲む!彼らの体力は半端じゃないです。コミュニケーションを楽しむことが幸福なんだろうと感じます。皆が集まっている場所でスマホやゲームを触っている人はあまり見かけません。これは羨ましいと思いました。

③トイレがジェンダーフリー

これ、分かりますか? 近代美術館のトイレですが、男女に分かれていないのです。これもジェンダーフリーの流れなのでしょうが、男性が出てくるので驚いてしまいます。すべてのトイレがこのようではありませんが、いくつか経験しました。

④脚が長い! 夏ですので短パン姿の若い女性が目につきました。マネキン人形体型はあり得ることに納得。スタイルが違います。

⑤スウェーデン王国ですから、今も王家の方々がお住まいになる宮殿があります。1600年代に作られたドロットニングホルム宮殿を見学しましたが、「北欧のヴェルサイユ」と呼ばれているそうです。ヨーロッパの宮殿を見るたびに富と権力の集中、階級社会を感じずにはいられません。日本にも皇室や貴族、江戸時代には士農工商といった身分制度はありましたが、規模が違います 宮殿に置いてある装飾品、絵画、壺など一点一点たいそう高価なものですが、それが山のように収集されているのですから、どれだけ搾取したんだろうかと当時の平民に同情してしまいます。私たちが観光して喜んでいる豪華な建造物の裏には、多大な犠牲があるという封建社会の影の部分もあり、手放しで感動できなくなりました。

⑥電子マネー先進国。カフェなどで現金お断りのお店がありました。両替なしで旅行できます。

 

日本人の性でしょうか、ついついあちこち観光したくなって、あれもこれもと歩き回り、強い日差しの中を毎日2万歩くらい歩いてしまいました。休暇なのにゆっくりできず疲れてしまい、娘からは「お母さん、休みなんだからゆっくりしようよ。」と言われる始末。いろいろ見てまわり、心に感動を刻みたいという欲求も、小さいときから資本主義社会に擦り込まれ支配されているのではないか?とうっすら疑問に思いました。せっかくの休みは、どこかに旅行しましょう(=お金を使いましょう!)という擦り込み?

リゾート地でゆっくり何もしないで過ごす楽しみ方ができないのですよ



個性とは

3年前から、定期的に院内でスタッフ研修を行っています。

皆のモチベーションアップと、向かうべき方向を再確認するためです。

毎年、研修の目的を決めていますが、今年は『職業能力アップセミナー』

毎月1回の研修を4回行い、最後は1泊の合宿形式です。

 

本日は第1回。

自分の大切にしていること、個性を知ることから始めました。

自分の個性は無意識レベルで決まっています。

この個性を大切にしてあげると、自分が自分自身を大切にしてあげることに繋がり、大きな安心感を得ることができるそうです。

たくさんあるワードの中から、自分が大切にしていることを3つ選ぶ作業を行いました。

ものすごい沢山あるので、最初は悩みましたが、まずは10個に絞り、最終的に3つ選びます。

私の個性は( ^ω^)・・・

1.タフ  2.エネルギッシュ 3.大胆    でしたぁぁぁ

何これ? 学生時代の私じゃないですか。

最近はすっかり弱ってしまったなぁと自覚しているのですが、人間ってそう変わるものではないのですね

自分の個性を大切にしつつ、それを仕事に繋げることができると、仕事への満足度が上がるとか。

 

私たちは、社会通念としてまかり通っているような他人の価値観を気にして行動してしまうことがよくあります。

有名大学へ進学するとか、大手企業に就職したら安心だとか。

結婚したほうが良いとか、持ち家をローンで購入するとか。

このような行動を、自分の個性を無視して続けるとものすごい違和感が出てきますよね。

だから、自分の個性(=価値観)を知り、それを大切にして行動した方が人生楽になります。

 

私の場合は、タフ=精神的な強さ であり、エネルギッシュ=肉体的な強さ を好みます。

折れない心と馬力があれば、いろんなことにチャレンジできるし、まだ見ぬ世界の扉を開けることが出来るような気がします。

いくつになっても夢と希望を持ち続けていたい!と、(今のところ)思ったのでした。



良医とは

私が医学部で学んだ時期は平成3年から6年間でだったが、医学に関する知識はしっかりと学んだと記憶している。

若かりし頃の私は、「名医になりたい」などと野心をもったものだが、恥ずかしながら「良医になろう」という医師としてあるべき姿をじっくり考えることはなかったと、今になって反省している。

実際臨床医を続けていると、患者さんの肌状態は個人差が大きく、同じ化粧品を使っても大丈夫な人もいれば肌荒れしてしまう人もいる。また患者さんの性格や育ってきた環境、考え方は千差万別であり、科学的根拠に基づく医療を一方的に押し付けるものではないと痛感している。

特に美容医療は命に係わる治療ではないため、患者さんの希望を察知しながら、しかし医療で可能なことを分かりやすく説明し、夢を持って治療を受けてもらうことが大切なのではないかと思う。見た目の若返りは、想像以上に喜びをもたらすので、治療結果に満足していただけることは、我々医療従事者にとって何よりも励みになる。

最近特に心がけていることは、キレイになれる可能性のある治療は、惜しまず伝えることだ。

美容医療は時間とお金のかかる一種の贅沢医療だから、「この患者さんにここまで治療を勧めてしまったら、かえって負担になるのではなかろうか?」などと、こちらの物差しによる勝手に憶測してしまいがちなのだが、それは慇懃無礼なことではなかろうか。

なぜならば、当院を受診する患者さんは、決して安くはない初診料を支払って、我々を美容医療のプロフェッショナルと頼って足を運んで下さるのだから、その意気込みは本気だと自覚しなければならない。それに見合った知識を経験を伝える責任がある。意識が高い患者さんが集まるから、スタッフ教育にも手を抜けない。スタッフにも本気で自己研鑽し成長するよう努力を続けてもらいたい。

私は患者さんの皮膚状態や表情、姿勢、しぐさ、声の響き、考え方などあらゆる角度から診察している。そして、だがあくまで私のスケールだが、「ここがもっとこうなったら、この人はもっと魅力的になるだろうに。」という極めて感覚的なセンスでアドバイスするようにしている。見た目の若さにこだわり過ぎないこと。細部にこだわり過ぎず、全体として捉えること。心をきれいにすること。明るい気持ちでいること。何より大切なのは“品”。この感覚が養われるには相当時間がかかった。若いころはそのようなセンスではなく、医学的にできることしか話していなかったように思う。未熟だった。

美容医療に正解はない。好きか嫌いか、そんなものだ。だからこそ、患者さんには自身のセンスにあった医師に診てもらうことが成功への秘訣なのだ。自分のセンスに自信がない人は、好きな医師なりクリニックに通うと良い。

今日も一日、特に不幸を感じることなく、平穏無事に過ぎていったことに感謝する。オリンピックチケットは落選してしまった!

 

 



じゃがりこ

朝ごはんに“じゃがりこサラダ”を食べているから、サラダを摂取しているので大丈夫!と思っている20代女性。

ついでにじゃがいもも食べているので安心している。

日本の食育、大丈夫でしょうか?

 

 



塗らないという選択

13年前の開院以来「ファンデーションに頼らない素肌づくり」がコンセプトの当院には、

「化粧品をやめたい」女性たちが集まってきます。

化粧品をやめたい理由は、

●肌荒れして困る

●高級化粧品を惜しみなく使っているけれども、効いている感じがしない

●こんなにたくさん塗っていて大丈夫なのかしら?

●肌につける感じが重たくてイヤ

このようなところでしょうか。

 

それならば、きれいさっぱり止めてしまえば良いのに。

やめたところで、一気にシワが増えたり老化が加速することはありません。(保湿しまくっていた60歳以上の女性が塗るのをやめるとシワシワになったと感じることはありますが、それが本来の実力なのです。化粧品でマスキングされていただけ。)

でも、何か塗らないと心配という人が多いんです。

それで、せめて肌に良いものを塗って安心しよう!という心の隙間をついて、

オーガニック、無添加、自然派、、、などという単語を並べ立てて安全性を演出する化粧品があるある。

鉱物油フリー、合成界面活性剤フリー、パラベンフリーなどと謳っているものもあるある。

植物性だから安心とか、そんなことはないない。

油性成分を鉱物由来ではなく植物(ヤシとか)由来の抽出物を使っているのでしょうが、合成界面活性剤であることには変わりないんじゃないの?なんて思うこともしばしば。

パラベンフリーにしても、何らか代わりの防腐剤を使っているわけで、その防腐剤の安全性は保証されているわけでもないのですが。

 

化粧品をやめて15年、シャンプーをやめて9年の私から言わせていただくと、

「イジイジしないで、化粧品なんて必要ないからやめちゃえばいいのに」です。

何にも塗らない私たちには、体に良いと謳っている化粧水でもクリームでも、肌につけたら、超異物感。

すぐに洗い流したくなるくらい膜が張っているような異物を感じます。

だから、何やかんやいっても、塗らないのが一番!ということになります。

 

皮膚に何か塗って栄養を与える、皮膚がきれいになるということはありません。

日常生活に不都合を感じることなく、何も塗らないスキンケアを実践している人たちはたくさんいます。

イメージに騙されることなく、スキンケアについて考えてください。