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母、永眠。

3月29日、母が永眠しました。

昨日通夜、本日葬儀を無事終えることができました。

予約変更をお願いした患者様には大変ご迷惑をお掛けしましたが、一生に一度しか訪れない母の死という理由でご容赦いただきたいと思います。

 

命がけのインド旅行前、脳出血で倒れた母。

アミロイドアンギオパチーという、脳の毛細血管が破綻して脳出血を起こす病気を患うこと8年目。

予防も治療もなく、いつ再出血するか分からないというストレスを抱えて暮らしていました。

出血する度に後遺症が増え続け、母は相当苦労したと思います。

可哀そうでした。

私のインド帰国後、2月中旬には無事退院し、もともと居た老人ホームに戻ることができました。

全て介助なしでは生活できない状況でしたが、とろみ食を食べさせてあげれば完食できるくらいの気力はありました。

だたし、1回の食事に40分はかかりますので、ヘルパーさんの負担を考えて、ほとんど毎晩食事介助に通いました。

自宅⇔職場⇔老人ホーム

すべて10分程度で移動できる近距離トライアングルに集約していたので、仕事と介護を両立することができました。

約1か月間、診療が終わると急いで母の食事介助へGo

私にとっては至福の時間でした。

よく、「介護は大変ですね。」と言われますが、とんでもございません

親の世話をさせていただけることは幸せに他なりません。

診療以外の仕事を任せることができたのは、スタッフのお陰です。彼女たちには本当に感謝しています。

そして、施設のヘルパーさんたちには、お風呂や身支度、食事から排泄まで大変お世話になりました。

自宅ではとうてい出来ないことを担っていただけたことで、私も安心して日々の診療を続けることができました。

このように、人は他人の力を借りて、お世話になって生きていることを謙虚に受け止め、感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。

 

3月27日に主治医から危篤を告げられました。

28日には通常診療と、どうしてもやらなければならない用事があり、「お母さん、今日の夜まで頑張っていてね」と意識のない母に声を掛けてクリニックに向かいました。

そして夜に駆け付けた時には、ちゃんと息をして待っていてくれました

土曜日なので、心おきなく当直だ!と覚悟して、添い寝をしながら思い出話を語りかけていた丑三つ時。

母の呼吸は次第に弱くなり、脈も弱くゆっくりとなり、静かに息を引き取りました。

最期まで穏やかで気品のある母でした。

「お母さん、ありがとね

両親ともに、死に目に会うことが出来たのは、偶然ではなく必然なのだと思います。

 

通夜と葬儀には、母の中学・高校・大学時代のご友人にたくさんご参列していただきました。

沢山の友達に囲まれ、皆に愛されていた母でした。

いつも穏やかで品のある母。

見栄や虚栄心など一切なく、物事の本質を捉えることができる人でした。

シェークスピアを愛読し、人の心の機微を察する力がありました。

歴史や政治の話が好きでした。

お金には興味がなく、数字や損得勘定は苦手な人でした。

テニスが好きで、錦織圭のファンでした。

若い頃は沢田研二とケビンコスナーのファンで、部屋にカレンダーがありました。

尊敬する人は聖徳太子。

人生哲学は「真理の追究」

自分のことで忙しく、子供には干渉しない人でしたので、うるさいことを言われた記憶がありません。

40代の頃、よく夜遊びをしていたようですが、必ず終電に間に合うよう帰宅していました。私も自分のことで忙しかったので気にしていませんでした。

私の大学受験初日も、私より早くゴルフに出かけてしまったので、自分でおにぎりを握って受験会場に出かけました。

整理整頓が苦手な人で、引き出しの中はいつもぐちゃぐちゃでした。

おおらかな人でした。

私のクリニック運営にも、多大なる協力をしてくれました。

私は、このような母親の子供に生まれて本当に良かったと、今の自分があるのも母のお陰だと心の底から思います。

こちら、本日の満月「ピンクムーン」

ピンクが大好きだった母にふさわしい夜となりました。

 

お母さん、ありがとう。また来世で会いましょうね。

 

 

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