医療法人社団晴栄会
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Blog院長ブログ

十七条憲法に学ぶ

先日、聖徳太子が制定した「十七条憲法」を学びなおす機会がありました。

日本の国家統一のため、官僚に向けてその心得を明文化した憲法です。

人間の善悪は古今東西不変なもので、現代の政治家にも熟読していただきたい内容がぎゅっと詰まっています。

一部ご紹介しますと、以下のようなことが書かれております。

調和を大切にすること。

の精神を根本にもちなさい。

・賄賂はダメ。公平に対応せよ。

・勤勉に働け。

真心は人の道の根本。

・自己中をやめて人の意見を聞く。

 

このような人としての在り方や行動規範は、現代の我々が社会の一員として生きていく上でも大切なことだと思い、スタッフミーティングで紹介してみました。

院長「とはどのようなことだと思いますか?」

スタッフ1「他人を思いやること」

スタッフ2「人を大切にすること」

スタッフ3「相手への尊重」etc…

 

院長「真心とは何でしょうか?」

スタッフ1「誠実さ」

スタッフ2「思いやり」

スタッフ3「純粋に嘘偽りなく、相手を大切に思う気持ち」etc…

 

私自身が十七条憲法から深く気づきを得たことは、「自己中をやめて人の意見を聞き、相手を尊重することで調和を図る」です。これがどれだけ平和を保つ上で大切か、いや、平和だけではなく、組織を円滑に保つために、個人個人が心得ておくべき大切な行動指針ではないでしょうか。

このような思想は極めて日本的であり、自己主張を良しとする他国にはない発想だと思います。

これこそ、1万年以上にわたる縄文時代に育まれた日本独自の精神性の表れではないでしょうか。

個人個人が我がままで、自己の権利ばかり主張していては、物事は解決しません。

しかし相手の顔色を伺うあまり、何も言えないのは不健全です。

心理的安全性を確保して、大切なことは発言できる環境にすること。

互いを尊重しながら「調和しましょう」という大前提のものとに議論し、問題解決することの本質的な意味を感じました。

 

十七条憲法を学んだ直後に、患者様からお届け物を受け取りました。

先日、予約をすっかり忘れてしまったことのお詫びのお手紙(直筆)とお菓子でした

真心がぎゅっと詰まった贈り物に感激一塩

スタッフ一同、美しい心に心打たれました。

これぞ『美』ではないでしょうか?

美容医療で肌を磨くと同時に、心まで美しくなるような治療を提供したいと思いました

 

 

2026.06.24

縄文

青森から秋田まで小旅行

初夏の東北は緑が深く自然豊かで、人々も温かく歓迎して下さり、(インドと違って)とても清潔で快適な旅となりました。

目的は、

「世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群」を訪れ、古代へと時空をタイムトリップすること。縄文を感じること。

三内丸山遺跡が有名ですが、縄文遺跡群は北海道6遺跡、青森県8遺跡、秋田県2遺跡、岩手県1遺跡、合計17遺跡で構成されています。2021年に世界遺産として登録されました。

紀元前13,000年頃から紀元前400年頃にかけて1万年以上の長きにわたり、狩猟・漁猟・採集を基盤とした定住を発展・成熟させ、精緻で複雑な精神文化を育んだことが評価されています。

今から15000年以上前の土器が発掘されているのです!世界最古です!!

日本人は奥ゆかしく自己主張下手ですから、この素晴らしい文化遺産があまり知られていないのが残念で仕方ありません。

古代エジプト、ギリシャやローマの神殿など派手で大きなものと比べると、竪穴式住居や環状列石(ストーンサークル)は地味ですね 渋すぎでしょうか。

イギリスのストーンヘンジはあまりにも有名ですが、あれは今から4000~5000年前のものですので、縄文遺跡はそれよりももっともっと古いものがあるのです。

 

縄文時代の始まりは、世界規模での温暖化により自然環境が大きく変化したことで、人々は移動から定住へと変わっていったようです。どんぐりや栗などの木の実やシカやイノシシなどの小型から中型動物を捕って食料にしていたとのこと。食物を蓄える貯蔵穴もたくさん見つかっております。

日本以外の世界では、石器時代~青銅器時代から農耕文化へと移行しています。よって、縄文時代は日本独自の時代区分ということになります。

土偶や土器など発掘されていますが、人殺しのための武器や殺された人骨は出土されていないようで、争いのない平和な世の中だったことが想像できます。

実際に縄文遺跡の場に足を踏み入れると、自然と共存していた縄文社会を肌で感じることができます。

平野に作られ、太陽や山を拝み、大自然に感謝しながら暮らしていたのだろうと想像できます。

三内丸山遺跡

写真のごとく、のどかな風景です。

もし隣村の敵が襲ってくるようなことがあったとしたら、このように牧歌的な場にはならなかったでしょう。

限りある資源を大切に利用しながら、自然と共存し、調和を大切にしながら1万年以上も続いた縄文時代。

祭祀場(ストーンサークル)を見ながら、「昔の人は何を祈っていたのだろう?」と考えずにはいられませんでした。

・食物の恵みへの祈り。

・地震や豪雨など天災地変を鎮める祈り。

・無事子供が生まれ、命をつなぐ祈り。

・病が治る祈り。

古代の人は原始的なイメージが強く、食べて生きることこそが目的だったのでしょうか。

それとも、もっと高度で精神性の高い祈りがあったのでしょうか。

 

 

1万年以上の時を経て育まれた日本人の精神性は、豊かな自然があったからこそ成熟しました。

全てのものに神が宿るような感覚。

ついつい手を合わせて祈ってしまうような習慣。

正直で真面目で控えめな性格。

出しゃばらず、周囲との調和を大切にする心。

個を尊び、自己主張しなければ相手にされない西洋文化とは全く違います。

砂漠で厳しい自然環境から発生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教とは成り立ちが異なりますから、異国を理解するというのは難しいということは理解できます。

そのような厳しい宗教を信仰する人たちと、同じ地上で発生する問題を解決していくことは容易ではありません。

縄文時代から1万年を超えて形成された精神性を、我々日本人が理解し、全てが指数関数的に激変する時代において、どのようにその強みを活かすことができるのでしょうか?

そんなことを考えた、丙午(ひのえうま)夏至の日でした。

 

 

 

 

 

先祖供養

先日、ショックな出来事があり、落ち込んでしまった

2年前、父が亡くなった時に納骨堂を購入した。両親ともにその納骨堂に眠っている。

ついでに祖父母と曾祖父母のお墓が遠くにあり、お参りに行くには不便な場所なので、私都合で墓じまいを済ませた。

彼らのお骨も、両親と同じ納骨堂に移して、先祖まとめて供養出来るように整えた。

自宅近くにあり、いつでもすぐにお参りに行ける安心感があり、満足している。

子供たちにも、将来お墓を頼みますよ、と話している。

ご先祖様のお陰で、今の私がこうして元気に働き、生きていられると思うと、いつでも感謝の気持ちが湧いてくる。

誰一人欠けても、今の私は生まれていないのだから。

この話を友人らにしたところ、彼女らはお墓に対して良い印象を持っていなかった。

小さい頃からお墓参りが嫌だったと言う。

お墓はお金もかかるし、維持も面倒だから要らない、と言うのである。

自分が亡くなってもお墓は要らないと。

若い頃はお墓や先祖供養のことなど話題に上らなかったので、友人らの考えは知らなかった。

こういう話はデリケートだし、いろんな考えがあって良い(はず)。

多様性を認めよう、いや認めるべきだろう。

頭では理解していても、気持ちがざわつく。

無性に悲しくなった。

何故だろう?

 

形式的なことにこだわらない性分は、友人らの中でもずば抜けていたと思う。

七五三に着物は着なかったし、成人式もやらなかった。

卒業式も着物で参加する人がほとんどだったが、私は洋装だった。

結婚式もやらなかった。

そのような私が、なぜお墓にこだわっているのだろうか。

よくよく考えたのだが、ご先祖様への感謝の気持ちの表現方法だと思う。

けじめをつけることで、自分自身が気持ちよくいられる。

表現は人それぞれで、どのような形式でも良い(のかな?)

私が納骨堂で供養するのは、ご先祖様への感謝やお礼という思いが強く、それを友人らに理解してもらえなかったことで寂しい雨にあたったようだ。

母の死が近かったこともあり、感傷的になっていたのかもしれない。

彼女たちもいろいろな思いがあって、お墓不要論を唱えているのだろうから、それはそれで尊重するべきで、善悪で判断することではない。

 

湿っぽい話題で恐縮だが、今回私の感じた寂しさや悲しさは、何か意味のあることだと思うので記録に残しておきたい。

 

 

 

 

2026.06.02

スキンケア一元論

6月になりました。

新緑から深緑へ。

 

スキンケア

たかがスキンケア、されどスキンケア。

とても奥深いスキンケア。

肌のコンディションによって、元気になったり落ち込んだり。

肌がキレイだと自信を持って活動的。

肌荒れしていると、外出したり人に会うことも消極的になります。

自分にとってベストなスキンケアを探してみるものの、情報が多すぎて迷える子羊化している女性が当院を受診します。

 

戦後の日本社会では、「化粧品を使ったスキンケア」が主流であることに間違いないと思います。

それは、資本主義経済にスキンケアが呑み込まれており、沢山売って沢山消費されることを前提としている社会だからです。そのために化粧はマナーと刷り込み、それが正義だと大多数の人が信じているからです。多額の広告費をかけ、いや、最近は広告費のかからないSNS発信により(要らないものまで)売りつける資本主義の奴隷の“奴隷”になってはいませんか?

しかし、人類史を振り返ると、現代のようにたくさんの合成化粧品を使用している時代なんてありませんでした。

江戸時代以前は、へちま水や米ぬか、うぐいすの糞、椿油など身の回りにあるものを少し使う程度のことだったのでしょう。

 

当院のスキンケア方針は、あくまでもシンプルスキンケア。

きれいな素肌を手に入れるために、化粧品はほとんど不要です。いや、使わない方が肌に良いと言いたい

肌の健康のためには、保湿剤1種類、日焼け止めがあればそれで十分。

日焼け止めも長時間外出時だけ塗ればOK。当院の患者様には全く塗らないという人もいるくらいです。

ファンデーションは油性だから肌が汚れます。酸化してくすみます。クレンジングで洗うと、皮膚のバリア機能は壊れます。

化粧品を手放せば、身の回りのスキンケア商品が少なくなり、身も心も解放されスッキリします。

ゴミも減り、環境にやさしく、持続可能なスキンケアです。

化粧品を塗るのが好きではなく、すっきり素肌で過ごしたいと願う女性向けのスキンケアを提唱しています。

「化粧品を使ったスキンケア」が主流なら、当院の肌ルネスキンケアは傍流です。現代社会における傍流だと自覚しています。

 

最近読んだ本の中で、以下の一文が私の琴線に触れました。

「社会に『主流』しか存在できなくなるとき、その社会は不自由で人工的な密室になります。傍流が『傍流』として、豊かに存在することこそが、自由で、そして自然な社会の条件です。」

参考文献:東畑開人. カウンセリングとは何か. 講談社現代新書,2025,p65

そう。

化粧品を使ったスキンケアが世の中では大多数の支持を受けているけれども、化粧品を使わないスキンケアがあったっていいではありませんか。

二元論で考えるのではなく、一元論で考えるスキンケア。

善悪とか、正しい間違っているとか、白黒つけられるものではありません。

化粧品が好きで、塗ることで安心できるのであれば使えば良い。

メークした顔が好きで、元気がでるならメークすれば良い。

傍流である当院の肌ルネスキンケアは、港区白金で豊かに存在しており、そこに通う患者様も豊かな気持ちになっております それでいいではありませんか。

世の中には山のように傍流スキンケアがあると思います。

それぞれ納得して、幸せな素肌を手に入れることができれば、それでいいのです。

自分と違うスキンケアを批判する必要はありません。

あれが正しい、これは間違いと決めつけなくていい。

スキンケアは一元論なのです。

 

いやー、これは私にとってコペルニクス的大発見でした

コペルニクスと言えば地動説。

キリスト教社会では絶対と考えられていた天動説をひっくり返した大事件。

地動説は、当時は異端として扱われ、弾圧されていたのですから。

あれ、スキンケアも何だか似ていませんか?

 

今回お伝えしたかったことは、物事を一元論で考えてみるということ。

何か解決の糸口が見えるような気がします。

 

26年前、美容外科に進んだ私は、医療の世界では間違いなく傍流でした。

幸い、身近な友人らに否定されることもなく、父親は「人間それぞれ合った場所で花を咲かせればいい」なんて言ってくれて、皆に応援されているんだと、自信をもって美容外科の道に進めました。

傍流はライバルがいなくて、ブルーオーシャン

お化粧品を使わずにきれいな肌になりたい人は、東京白金へお越しくださいませ。

スキンケアからご指導いたします。

眼瞼下垂の点眼薬

40歳を過ぎてから、2年毎に胃・大腸内視鏡検査を受けています。

父が大腸ガンの手術を受けた時、消化器外科の担当医師から、「40歳過ぎたら、大腸内視鏡検査を受けたほうが良い」とアドバイスを受けました。ちゃんと従っております

今年はポリープが3つ見つかり、切除しました。トホホ・・・

顔にシミや老人性イボが出来るように、腸内にも加齢変化が見られるのですね。

見えない部分だからこそ、気を付けたいものです。

 

さて、本題に入りましょう。

皆さま、「アップニークミニ点眼薬」、ご存じですか?

眼瞼下垂の点眼治療薬です

まぶたを持ち上げる“ミュラー筋”に作用して、筋肉を収縮させ、目を開きやすくする薬です。

眼瞼下垂の治療は手術一択と教わった旧石器時代の私には、「点眼薬で目が開く」なんて夢のような薬です。

今月発売されたばかりですが、すでに入手して使用してみた、という患者様にお会いしました。

シミ取り治療後の評価のために、VISIAという肌診断機器でお顔全体を撮影したところ、レーザー効果で皮膚は当然ハリが出て、シミも薄くなってきれいになっているのは理解できるのですが、目周りのシワ・たるみが劇的に改善しているではありませんか!!

ボトックスを打っていないのに、こんなに目周りがスッキリするかしら?というレベルです。

すると、「今朝、アップニークミニ点眼を差してきました。」と報告を受けました。

目はパッチリ開き、とにかく目の周りのたるみ改善が凄すぎます

これが点眼薬によるものなのか、レーザー治療の効果なのか、検証が必要です。

1回点眼すると5~15分後に効果が現れ、8時間ほど持続するとか。効果は一時的なので、魔法は溶けちゃいます。

お目目だけシンデレラ。テクマクマヤコン、テクマクマヤコン・・・

重篤な副作用はあまりないようですが、毎日使用してよいものか?長期間使用して大丈夫か?等については、まだ長期使用に関するデータがないので不明のようです。

特効薬ほど副作用も大きいものです。

単なる美容目的の利用は慎重でなければなりません。

こちら、保険適応外の自費診療です。

眼瞼下垂でお悩みだけれども、手術まではちょっと、、、という方には試してみる価値がありそうなお薬です。

 

 

 

 

 

美容医療と体調について

ゴールデンウイークで2週間空いてしまったジャズダンスレッスン。

4月はダメダメで、振付が身に入らず、ボケてしまったのかとすっかり自信を失っていました。

今夜は久しぶりに、全く復習もせず参加したのですが、私としてはまあまあ踊れて気分よく帰宅

体調が特に良い訳でもないのに、人間の身体って不思議です。

 

美容医療も、その日の体調によって影響を受けます。

例えば痛み。肌の状態が悪い時(乾燥、日焼けによるダメージ、寝不足など)や体調不良の時は、通常より痛みを強く感じます。痛みの左右差を訴える方もいらっしゃいます。

特に高齢者の方は、体調が良い時の治療をお薦めします。

痛みにより身体は消耗しますので、レーザーや注入による痛みで身体が疲労することもあります。

皮下出血やカサブタ形成、発疹や発赤などのストレスもかかります。

 

ところが、適度の痛みは効き目がありそうだ!と喜ぶ患者さんもいらっしゃいます。

麻酔なしで顔に注入治療をしてもピクリとも動かない方もいらっしゃいます。

何十か所も注射針を刺す治療をしているのに、眠ってしまう方もいるのです さすがに危険ですから起こしますけれど。

痛みの感じ方は個人差が大きく、同じことをしているのに、こんなにも反応が違うなんて不思議だなと思います。

 

なるべく痛みを減らして差し上げたいと思う一方、痛みというのは危険を察知する大切な役割もあります。

熱傷を起こすような強いエネルギーを加えると痛みを伴います。

注入治療では血管塞栓や神経損傷を防ぐ上で痛みは1つの目安となります。

 

強いストレスにならない程度の痛みに留めておくよう、痛みを数値化してもらいます。

10点満点中、6点くらいが適当でしょう。8~9点は痛すぎます。痛みスコアが低い分には問題ありません。

 

そして、皮膚の状態が良く、丈夫で健康な方は、レーザーを当てても注入治療をしても、赤みや腫れ・皮下出血など副作用が出にくいのです。リフトアップボトックスという、200か所以上注射する治療後でも、何事もなかったようにお帰りになります。

針は日本製で極細。とても滑らかに刺さりますので、肌への負担はぐっと減りました。

先月から使い始めた特注の拡大鏡(別名老眼鏡😎)で、皆さまの皮膚が驚くほど良く見えます。

また、注射時の手の感覚で、その方の皮膚の健康状態が分かるようになりました。

 

春は新緑ボトックス祭り開催中。

皆さまの皮膚が若返る喜びを、注入治療でお届けします💖

 

 

 

 

 

 

 

愛について考える

皆さま、ゴールデンウイークはいかがお過ごしでしたか?

私はカレンダー通りに診療を行っていましたので、4連休のGWでした。

犬を連れてちょっと遠出をしたり、親戚と集まったり、母の友人らから「母を偲ぶ会」にお誘いいただいたり、お休みを満喫できました。

母の日は、「共に過ごすことが大切」と、娘・息子が焼肉に誘ってくれました

息子の友人も一緒に和やかな食事会。

「モノより思い出」は我が家の家訓です。

優しい大人に成長してくれてありがとう

 

GWやお休みが多かったので、隙間時間で学びを続けていました。

「愛」について考えたことを記しておきます。

愛と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべますか?

家族愛、隣人愛、愛社精神、ご愛顧、愛用品、愛犬・・・

愛の付く言葉はたくさんあります。

若い頃は、「恋と愛は違う」なんて歯が浮くような話を、友人らと話し合ったものです

当院の経営理念にも、「院長とスタッフと患者様は三位一体、愛と信頼関係で結ばれています」と書いてあります。

開院時に作成したこの一文ですが、20年前にどんな気持ちで『愛』を入れたのかよく覚えていませんが、ちょっと気恥しいく甘酸っぱい感覚を思い出します。

経営學を学び続けていますが、復習してたらノートに走り書きしていた愛の定義がありました。

自分を反省し、他人を理解すること=愛

愛は自分より相手を優先する思いやりです。

 

クリニックを経営は、決断に迫られるシーンの連続です。

新しい治療を始めるとき、患者様にお詫びしなければならないとき、季節ごとのイベント内容を考えるとき、価格を決めるとき、仕事のルールを決めるとき等々、院長の私が最終決定をします。振り返れば、スタッフ全員の意見を聴くという努力が足りず、比較的ワンマン経営だったことに気づきました。

そもそも開業した理由の1つとして、患者様のニーズに対して柔軟に対応したいという気持ちがありました。大企業にありがちなガチガチのルールに縛られず、トップダウンで決定できる素早さというのは大変魅力です。患者様のご希望に対して、出来る限りのことはやって差し上げたいという気持ちは間違いなく「愛」であると思います。前例のない事でも、私の判断で可能にしてしまうことができます。院長→患者様、スタッフ→患者様 の愛は実現しているでしょう。

 

では、院長⇔スタッフ間の愛はどうでしょうか。

毎月スタッフ一人ひとりと個人面談をしていますが、彼女たちの心の深い部分にまで理解が足りていないことに気が付きました。私の考えや思いを丁寧に説明する努力も足りていませんので、当然誤解が生じてしまいます。

様々な物事の決定は、患者様を思いやりながらも、ある意味私自身の「自我」がチラついていたのかもしれないと反省しています。自分自身の「こうしたい!」という思いや夢が強すぎて、スタッフの気持ちに共感し理解する努力が不足していました。愛が実践されていないではないですか

小さい頃から、自分自身というものを持ち、自分の意見を言える人にならなければならないと思い込んで育ちました。

しかし、今の私に足りていないのはことは、他人を理解すること、自分を抑えて人との調和を大切にすることだ、という思いに至りました。

これからは自己主張を抑えて、相手の立場で物事を考えるよう努めます。反省。

 

愛の実践は容易ではありません。

しかし、愛があれば争いはなくなります。

戦後、欧米から個人主義は入ってきてしまい、自己主張や権利の主張が正義になってしまったかのように思われますが、日本の精神には「和を以て貴しとなす」という根本があることを忘れないようにしたいものです。

 

 

 

 

 

 

ボトックスで明るい笑顔に

当院では、今年も新緑ボトックス祭り開催中です

私も昨日、ようやく自分の顔にボトックス注射をして、表情筋を整えました

 

皆さま、「表情筋の老化」についてご存じでしょうか。

体の筋肉をイメージしていただきたいのですが、50歳も過ぎて運動もストレッチもせず“自然”のままに放置してしまうと、筋肉は拘縮し、凝り固まってしまいますね。カチカチ、バリバリ・・・

お顔も同じです。加齢によって筋肉は拘縮していきます。筋肉そのものも細くなりジャーキーのようにボリュームが減ります。カサカサ、バサバサ・・・

眉間の縦ジワ、額のタコジワ、目尻のカラスの足跡、顎の梅干し、への字口など、筋肉の拘縮によって“自然”に放置すると不機嫌そうなお顔の完成です。

鏡に映る自分の顔は静止していますから、“自然”な動きに気付きません。

特に日本人は表情の動きが乏しく、気持ち良い笑顔が作れない人の多いこと

口だけ笑って目が笑っていないから怖い

鏡を見ながら、素敵な笑顔の練習をすることをおススメします。

表情のコントロールって、生きていく上でとても大切なスキルです。

人は老化すると、無意識に不機嫌そうな、不安そうな、怒っているような、疲れているような、とにかくあまり近寄りたくないような表情になりがちです。疲れていないのに「疲れているね」とか、怒っていないのに「怖そう」とか言われたこと、ありませんか?

それに対して、リラックスしてニコニコ笑顔な人には安心感を覚えます。

 

自然やナチュラルといった言葉に安心する人がいらっしゃいますが、自然に美しい人ってどのくらいいるのでしょうか?いつもご機嫌な笑顔でいられるためには、すべての物事に感謝し、足るを知り、調和を大切にできる心の美しい人でいられるよう、心の鍛錬が必要です。努力、努力、努力

体も自然には健康で良いスタイルを維持するのは難しいでしょう。食事だって節制しなければなりません。

表情筋も然り。

ボトックスで凝り固まった筋肉をストレッチさせ、明るい表情を作るお手伝いをさせていただきます。

ボトックスの効果は一時的ですので、半年もたてば元に戻って“自然”になります。

副作用も限定的ですし、私は過去26年間患者様に打ち続けていますが、大きなトラブルはございません。

私自身も20年間、自分の顔に打ち続けています。(それでこの程度か、、、これが私の実力です、スミマセン)

厚生労働省承認の医薬品ですし、世界で発売されてから30年以上の歴史があります。

百聞は一見に如かず。

新緑ボトックス祭り(4~6月)の期間中にお試しいただくと、嬉しい特典もございますのでお気軽にご相談下さいませ。

「笑顔に勝る佳人なし」←以前にもブログに書きましたが、私が中学生の頃、達筆な父親に書でたしなめられた内容です。

思春期の私は難しい顔をしていて、可愛くなかったのでしょう。

10代の自分を反省して、今は笑顔を心掛けています

 

2026.04.14

Deep River

この世の中には偶然というものはなく、必然なのではないかと思うことがある。

脳出血で倒れた母を残して、自分自身でも良く分からないけれど見つけたい・感じたい何かを求めてインドへ旅立った。

インドの不衛生さにより体調を崩し、光を見ることなく帰国したけれど、石に包まれた宝石を掴み取って来たようだ。

帰国後、日ごとにその覆われてた石が剥がれ落ち、どんどん輝いていくのが分かる。

 

一緒にインドを旅した仲間の一人から、「遠藤周作の『深い河』を読みました。とても良かったので是非読んでみて下さい。」とコメントがあった。

気になることはすぐにメモをするようにしている。

翌日、日経新聞の<名作コンシェルジュ>欄に、宇多田ヒカルさんの「DEEP RIVER」が紹介されていた。

なんとこのタイトル、遠藤周作の小説『深い河』に触発されたとのこと。

あれ!昨日聞いた本だ!

すぐにAmazonでポチり、翌日届く。

日本って素晴らしい国だ。

小説の内容は、登場人物がそれぞれの人生に刻み込まれている傷跡を背負って、その傷跡を残したものを探すためにインドガンジス河までの旅に出かける話。

私はガンジス河には行っていないが、まるで見たことのある光景のごとく、生々しくイメージできたのはインド旅行の直後だからだと思う。

人々の苦悩、宗教観、愛について深く考えることができる良書であった。

 

私も墓場まで持っていきたい経験はいくつかある。

それを封印してきたが、この本を読んで、無意識にその傷跡を思い出すことになった。

その傷跡に向き合うことで、何か新しい光は見えるのだろうか。

そんなことを考えている。

 

母、永眠。

3月29日、母が永眠しました。

昨日通夜、本日葬儀を無事終えることができました。

予約変更をお願いした患者様には大変ご迷惑をお掛けしましたが、一生に一度しか訪れない母の死という理由でご容赦いただきたいと思います。

 

命がけのインド旅行前、脳出血で倒れた母。

アミロイドアンギオパチーという、脳の毛細血管が破綻して脳出血を起こす病気を患うこと8年目。

予防も治療もなく、いつ再出血するか分からないというストレスを抱えて暮らしていました。

出血する度に後遺症が増え続け、母は相当苦労したと思います。

可哀そうでした。

私のインド帰国後、2月中旬には無事退院し、もともと居た老人ホームに戻ることができました。

全て介助なしでは生活できない状況でしたが、とろみ食を食べさせてあげれば完食できるくらいの気力はありました。

だたし、1回の食事に40分はかかりますので、ヘルパーさんの負担を考えて、ほとんど毎晩食事介助に通いました。

自宅⇔職場⇔老人ホーム

すべて10分程度で移動できる近距離トライアングルに集約していたので、仕事と介護を両立することができました。

約1か月間、診療が終わると急いで母の食事介助へGo

私にとっては至福の時間でした。

よく、「介護は大変ですね。」と言われますが、とんでもございません

親の世話をさせていただけることは幸せに他なりません。

診療以外の仕事を任せることができたのは、スタッフのお陰です。彼女たちには本当に感謝しています。

そして、施設のヘルパーさんたちには、お風呂や身支度、食事から排泄まで大変お世話になりました。

自宅ではとうてい出来ないことを担っていただけたことで、私も安心して日々の診療を続けることができました。

そして兄夫婦はお役所への各種手続きや、母の家の掃除などを担当してくれました。

東京を離れる時は、お互いタイミングをずらして協力し合いました。

このように、人は他人の力を借りて、お世話になって生きていることを謙虚に受け止め、感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。

 

3月27日に主治医から危篤を告げられました。

28日には通常診療と、どうしてもやらなければならない用事があり、「お母さん、今日の夜まで頑張っていてね」と意識のない母に声を掛けてクリニックに向かいました。

そして夜に駆け付けた時には、ちゃんと息をして待っていてくれました

土曜日なので、心おきなく当直だ!と覚悟して、添い寝をしながら思い出話を語りかけていた丑三つ時。

母の呼吸は次第に弱くなり、脈も弱くゆっくりとなり、静かに息を引き取りました。

最期まで穏やかで気品のある母でした。

「お母さん、ありがとね

両親ともに、死に目に会うことが出来たのは、偶然ではなく必然なのだと思います。

 

通夜と葬儀には、母の中学・高校・大学時代のご友人にたくさんご参列していただきました。

沢山の友達に囲まれ、皆に愛されていた母でした。

いつも穏やかで品のある母。

見栄や虚栄心など一切なく、物事の本質を捉えることができる人でした。

シェークスピアを愛読し、人の心の機微を察する力がありました。

歴史や政治の話が好きでした。

お金には興味がなく、数字や損得勘定は苦手な人でした。

テニスが好きで、錦織圭のファンでした。

若い頃は沢田研二とケビンコスナーのファンで、部屋にカレンダーがありました。

尊敬する人は聖徳太子。

人生哲学は「真理の追究」

自分のことで忙しく、子供には干渉しない人でしたので、うるさいことを言われた記憶がありません。

40代の頃、よく夜遊びをしていたようですが、必ず終電に間に合うよう帰宅していました。私も自分のことで忙しかったので気にしていませんでした。

私の大学受験初日も、私より早くゴルフに出かけてしまったので、自分でおにぎりを握って受験会場に出かけました。

整理整頓が苦手な人で、引き出しの中はいつもぐちゃぐちゃでした。

おおらかな人でした。

私のクリニック運営にも、多大なる協力をしてくれました。

私は、このような母親の子供に生まれて本当に良かったと、今の自分があるのも母のお陰だと心の底から思います。

こちら、本日の満月「ピンクムーン」

ピンクが大好きだった母にふさわしい夜となりました。

 

お母さん、ありがとう。また来世で会いましょうね。

 

 

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