医療法人社団晴栄会
白金ビューティフルエイジングクリニック

03-5791-4800

受付時間 9:00~17:00[月~土]

Blog院長ブログ

2026.06.24

縄文

青森から秋田まで小旅行

初夏の東北は緑が深く自然豊かで、人々も温かく歓迎して下さり、(インドと違って)とても清潔で快適な旅となりました。

目的は、

「世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群」を訪れ、古代へと時空をタイムトリップすること。縄文を感じること。

三内丸山遺跡が有名ですが、縄文遺跡群は北海道6遺跡、青森県8遺跡、秋田県2遺跡、岩手県1遺跡、合計17遺跡で構成されています。2021年に世界遺産として登録されました。

紀元前13,000年頃から紀元前400年頃にかけて1万年以上の長きにわたり、狩猟・漁猟・採集を基盤とした定住を発展・成熟させ、精緻で複雑な精神文化を育んだことが評価されています。

今から15000年以上前の土器が発掘されているのです!世界最古です!!

日本人は奥ゆかしく自己主張下手ですから、この素晴らしい文化遺産があまり知られていないのが残念で仕方ありません。

古代エジプト、ギリシャやローマの神殿など派手で大きなものと比べると、竪穴式住居や環状列石(ストーンサークル)は地味ですね 渋すぎでしょうか。

イギリスのストーンヘンジはあまりにも有名ですが、あれは今から4000~5000年前のものですので、縄文遺跡はそれよりももっともっと古いものがあるのです。

 

縄文時代の始まりは、世界規模での温暖化により自然環境が大きく変化したことで、人々は移動から定住へと変わっていったようです。どんぐりや栗などの木の実やシカやイノシシなどの小型から中型動物を捕って食料にしていたとのこと。食物を蓄える貯蔵穴もたくさん見つかっております。

日本以外の世界では、石器時代~青銅器時代から農耕文化へと移行しています。よって、縄文時代は日本独自の時代区分ということになります。

土偶や土器など発掘されていますが、人殺しのための武器や殺された人骨は出土されていないようで、争いのない平和な世の中だったことが想像できます。

実際に縄文遺跡の場に足を踏み入れると、自然と共存していた縄文社会を肌で感じることができます。

平野に作られ、太陽や山を拝み、大自然に感謝しながら暮らしていたのだろうと想像できます。

三内丸山遺跡

写真のごとく、のどかな風景です。

もし隣村の敵が襲ってくるようなことがあったとしたら、このように牧歌的な場にはならなかったでしょう。

限りある資源を大切に利用しながら、自然と共存し、調和を大切にしながら1万年以上も続いた縄文時代。

祭祀場(ストーンサークル)を見ながら、「昔の人は何を祈っていたのだろう?」と考えずにはいられませんでした。

・食物の恵みへの祈り。

・地震や豪雨など天災地変を鎮める祈り。

・無事子供が生まれ、命をつなぐ祈り。

・病が治る祈り。

古代の人は原始的なイメージが強く、食べて生きることこそが目的だったのでしょうか。

それとも、もっと高度で精神性の高い祈りがあったのでしょうか。

 

 

1万年以上の時を経て育まれた日本人の精神性は、豊かな自然があったからこそ成熟しました。

全てのものに神が宿るような感覚。

ついつい手を合わせて祈ってしまうような習慣。

正直で真面目で控えめな性格。

出しゃばらず、周囲との調和を大切にする心。

個を尊び、自己主張しなければ相手にされない西洋文化とは全く違います。

砂漠で厳しい自然環境から発生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教とは成り立ちが異なりますから、異国を理解するというのは難しいということは理解できます。

そのような厳しい宗教を信仰する人たちと、同じ地上で発生する問題を解決していくことは容易ではありません。

縄文時代から1万年を超えて形成された精神性を、我々日本人が理解し、全てが指数関数的に激変する時代において、どのようにその強みを活かすことができるのでしょうか?

そんなことを考えた、丙午(ひのえうま)夏至の日でした。