院長ブログ


若者の未来を応援したい

何年ぶりでしょうか、クリスマスツリーを飾ってみました。

これ、レンタルツリーです

モノを増やしたくない私にはとても嬉しいサービスです。

最近、娘が我が家の環境整備大臣になりまして、部屋をきれいに片づけるだけではなく、このようにプラスαの味わいも提供してくれます。

乾いた心を癒してくれるので、本当に有難い存在です。

振り返れば、家族とこのように季節を楽しむ余裕なんてほとんどありませんでした。

仕事優先のダメ親でした

 

さて、本題に入りましょう。

社会の変化がハイスピードなのか、

自分自身がそれ以上に変化しているのか、

もしくは変わっていないのか、

何が原因か分からないのですが、

肌で感じる違和感にハッとされられることが増えたように思います。

 

NewsPicksという有料オンラインサイトを時々見る(聴く)のですが、

落合陽一さんとひろゆき氏の対談が目に留まり視聴した時のこと。

「結婚することの意味って何でしょうか?」

「コスパじゃないですか。」

 コスパですか・・・

「結婚すると扶養控除がつく」

 それって、専業主婦(主夫)前提ですよね・・・

「子供が産まれなかったら金銭の問題だけじゃないですか?」

何という身も蓋もない話をしとるんじゃー!と、呆れながらもリプレイして聴き直してみたところ、

事実婚ではなく籍を入れることの意味、という論点でのディスカッションでしたね。

生活コストは折半できるし、

共働きであれば、どちらか片方が病気などで働けなくなってもリスクヘッジできますものね。

確かにコスパ

でも私なら、愛の大切さとか、子供を育てる幸せとか、家庭を守る忍耐力とか、そういうウェットな話をするんだけどな、と思ってしまいました。

私が結婚した理由は、人生の経験値を増やしたかったことと、子供を産んでみたかったからです。

自分のDNAを受け継ぐ子供ってどんな子だろう?

お金のことなど全く考えませんでしたけれどね。

これって、男女脳の差なのでしょうか、年齢の違いなのでしょうか、個人の考え方なのでしょうか。

 

あまり年齢を意識するのは好きではありませんが、

自分自身が「老害」に片足突っ込んでいないか?と思う瞬間があります。

よくあるのが、無意識に思っている「~あるべき」論が頭を見せる時。

誰よりも柔軟に物事を考える方だと自覚していたのに、

気付けばステレオタイプ化している自分がいる瞬間に気づくこともあるわけです。

「あるべき論」に支配されないように意識したいものです。

 

しかし、異なる時代を精一杯生きてきた高齢者に対する尊敬の念はありますので、何でもかんでも十把一絡げに「老害」と一言で片づけるのも気に入らないのです。

いい歳した大人が若い世代に取り入るような姿勢の裏には、得体のしれない軽薄さすら感じてしまいます。

 

とは言え、老害とならないよう学び続け、自分の出来ることに取り組んで少しでも社会の役に立とうと思うわけです。

そのために読書でインプットしているのですが、最近読むスピード(理解力?)が落ちるし、集中力も低下しています。

読書ってエネルギーが必要なんですよね。数年前まではあまり感じなかったのですが、最近は元気がないと読めません。

日々の診療で患者さんとたくさんお話をするのは大好きなのですが、顔に対する施術を行うにはそれなりに集中力が必要です。診療での集中力が落ちているとは感じませんし、今でも治療結果は向上しているとさえ思っているほどです

※記憶力は低下しています

ということは、人間としての年間総エネルギー量が落ちているということなのでしょうか。

あれしたい、これしたい

あれ欲しい、これ欲しい

愛したい、愛されたい

そういう自己を満たすような欲求が、消えゆくロウソクの炎の揺らめきのごとく、小さく小さくなっていきます。

それと反比例するように、これからの若い世代の人たちが活躍できるような社会にしたいという思いが膨らみます。

幕末の志士たちのような20~30代の人たちが、これからの日本を良くするために活躍できる世の中になって欲しい。

停滞中の日本を見限って、優秀な能力を海外へ流出させないようにして欲しいと心から願います。